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「どうしたんですか、湯浅さん。元気ないですね」
注文をとりにきた吏那人に、小春は力なく笑ってみせた。
「はは、わかっちゃいます? 実は……うちの生徒が、亡くなってしまって」
「――もしかして、事件の被害者の?」
自分も教えたことのある、まだ若い少女が、ひどく残忍な方法で命を奪われたという事実が、鈍く重苦しい塊になって腹の底あたりにとどまっていた。
告別式を終えてからも、ずっとだ。
彼女には、未来があったのに。
「犯人、早く捕まって欲しい。ひどすぎる」
強く唇を噛むと、吏那人は「湯浅さん」と呼び、メニューの写真を見せた。
「ウクライナ風ロールキャベツのゴルブッツィはいかがですか? ふわっとしていて食べやすいですよ」
「じゃあ、お願いします」
いつもであればわくわくして――ときには獰猛な飢えた狼のような気持ちで――メニューを選ぶのだが、今はその意欲が湧かなかった。
それでもこの店にきてしまったのは、温かな空気に触れたかったせいだろうか。
「お待たせしました」
運ばれてきたのはトマトソースのかかったロールキャベツで、湯気が奥ゆかしいヴェールのように器から立ちのぼっていた。
スプーンを入れると、ほとんど力を入れずして崩れるようにキャベツの包みが割れ、中からほろほろと挽肉と米が現れる。
ふわりとした溶けるような食べ心地でありながら、肉汁の旨みとトマトクリームソースのほのかな酸味は、その品位を保ったまま体の中に自然となじんでいく。
「おいしい……」
思わず呟くと、吏那人は「よかった。少し、元気出ましたか?」と微笑んだ。
月寒食堂のロシア料理も、店長である吏那人の人柄も、どちらも温かくて心が救われる。
小春の胸に、切なさまじりの感謝の念が溢れた。
「……ありがとうございます、店長さん」
「リナトでいいですよ」
どきりとした。
澄んだ青い瞳が、気遣わしげに小春を見つめている。
そこに特別な感情が宿っている、と感じるのは自惚れがすぎるだろうか。
「じ、じゃあ私も、小春でいいです、か?」
何故疑問形? と自分に突っ込んでどぎまぎしている小春に、吏那人はコックコートのポケットから何かを取り出してテーブルの上に置いた。
「小春さん、これ、もらってくれませんか」
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