月寒アペティータ

8/13
前へ
/13ページ
次へ
それからしばらく、月寒食堂へ足を運ぶ気になれなかった。 別に吏那人が悪いわけではない。 頭ではそうわかっている。 アラサーにもなって臆病な自分のせいだ。 気が重くなって、小春はパソコンでプリントをつくる手を止め、気晴らしにニュースサイトを開いてみた。 ヘッドラインの一つに、目が行った。 『暴力団員重傷 連続通り魔事件か?』 クリックして詳細を見ると、最近続いている通り魔事件と同じ犯人によるものか、敵対している勢力との抗争によるものか、警察は捜査中とのことだった。 あの女生徒を死なせた犯人もまだ逮捕されていないようだが、すべて同一人物の犯行なのだろうか? だとしたら、本当に無差別に殺傷しているのか。 理由もなく胸がざわついた。 「お先に失礼します」 同僚の声で我に返り、自分以外に誰も残っていないことに気づいた。 部活や会議で授業準備にとりかかったのが遅かったとはいえ、もう11時になってしまう。 続きは明日にしよう、と諦めてパソコンを閉じ、帰り支度をした。 受付の警備員に職員室の鍵を渡して、校門を出る。 学校から最寄りの駅までは徒歩で20分くらいだ。しかも、道沿いは物流倉庫が多く、夜は人通りも街灯も少ない。 通り魔事件の新しいニュースを見たせいか不意に心細くなり、小春は早足になった。 と、背後で別の足音がした。 誰かが後ろを歩いている。 いや、それだけではない。小春の歩調に合わせている。 背筋が凍った。 走り出そうか。陸上部だったので、足は遅くない。 ――ふふ。 小春の耳に、くぐもった笑いが聞こえた。 そんなはずはない。 背後の足音は、そこまで近くはないのに。 理屈のわからない恐怖を感じて一気に走り出そうとしたとき、黒い布のようなものが視界に翻った。 何者かが、背後から眼前へ降り立った。 ぎょっとして足がすくむ。 ――飛び越した?! その人物は黒く長いコートを着て、フードで顔の半分を隠していた。 装束も現われ方も、あまりに非現実的だ。小春は一瞬恐怖すら忘れて、呆然とした。 「――豚が」 確かにそう聞こえた。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加