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それからしばらく、月寒食堂へ足を運ぶ気になれなかった。
別に吏那人が悪いわけではない。
頭ではそうわかっている。
アラサーにもなって臆病な自分のせいだ。
気が重くなって、小春はパソコンでプリントをつくる手を止め、気晴らしにニュースサイトを開いてみた。
ヘッドラインの一つに、目が行った。
『暴力団員重傷 連続通り魔事件か?』
クリックして詳細を見ると、最近続いている通り魔事件と同じ犯人によるものか、敵対している勢力との抗争によるものか、警察は捜査中とのことだった。
あの女生徒を死なせた犯人もまだ逮捕されていないようだが、すべて同一人物の犯行なのだろうか?
だとしたら、本当に無差別に殺傷しているのか。
理由もなく胸がざわついた。
「お先に失礼します」
同僚の声で我に返り、自分以外に誰も残っていないことに気づいた。
部活や会議で授業準備にとりかかったのが遅かったとはいえ、もう11時になってしまう。
続きは明日にしよう、と諦めてパソコンを閉じ、帰り支度をした。
受付の警備員に職員室の鍵を渡して、校門を出る。
学校から最寄りの駅までは徒歩で20分くらいだ。しかも、道沿いは物流倉庫が多く、夜は人通りも街灯も少ない。
通り魔事件の新しいニュースを見たせいか不意に心細くなり、小春は早足になった。
と、背後で別の足音がした。
誰かが後ろを歩いている。
いや、それだけではない。小春の歩調に合わせている。
背筋が凍った。
走り出そうか。陸上部だったので、足は遅くない。
――ふふ。
小春の耳に、くぐもった笑いが聞こえた。
そんなはずはない。
背後の足音は、そこまで近くはないのに。
理屈のわからない恐怖を感じて一気に走り出そうとしたとき、黒い布のようなものが視界に翻った。
何者かが、背後から眼前へ降り立った。
ぎょっとして足がすくむ。
――飛び越した?!
その人物は黒く長いコートを着て、フードで顔の半分を隠していた。
装束も現われ方も、あまりに非現実的だ。小春は一瞬恐怖すら忘れて、呆然とした。
「――豚が」
確かにそう聞こえた。
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