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私、年度末には退職させられるんだけどと言いたいのを飲み込んで、人気のない端のほうまで行き、電話に出る。
「もしもし、岩下です」
『休暇中すいません、木本です』
「どうしたの?」
電話をかけてきたのは今年の新人、木本だ。木本芽衣子はお人形さんのような小さな色白の顔に長い脚。口を開けば女の子らしく高いソプラノボイス。その可愛らしさに多くの男性行員が虜になっているのは周知の事実だ。そして、それを面白く思わない女性行員がいるのも私は知っている。そういう情報を耳に入れてくれる親切な先輩がいるのだ。
『女性特約の申込書、どこにありますか?』
「はい?」
ワンモアプリーズ。女性特約の申込書?
私の心の声が聞こえたわけではないだろうが、木本は「女性特約の申込書」と呟く。電話で呟くってどういう状況よ。
『みんな外訪や接客でいなくて』
嘘だ。新人を一人残していなくなることはない。少なくとも派遣と契約の社員が二名はいるはずだ。彼女たちは一般職の紗良同様に外訪のない事務仕事をしているから、いないことはない。彼女たちは書類のありかを知っている。
みんないないなら、声を落とす必要はない。
『……私、女性の先輩たちに嫌われてるんで教えてもらえないんです』
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