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通話中に余計なことを考えて無言になっていた理由を察したのか、木本の声が震えている。
しまった。彼女はそんなことをカミングアウトするために電話をかけてきたんじゃない。
「課長の後ろの棚あるでしょ。その右側に入ってるはず。もしなければ私の耐火セーフに予備が入ってるから、それ使って」
遅かれ早かれ、紗良が木本に女性特約申込書の保管場所を教えたのは先輩たちにばれる。女性の中での立場は悪くなるけれど、年度末には辞める身だ。社内で怖い物なんてない。いくら怖くても、あと数ヶ月の辛抱だと思えば耐えられる。
『ありがとうございます。助かります』
「木本さん、何色が好き?」
『え? ピンクです』
だよね、と言葉に出さずに頷く。彼女の通勤バッグはパッションピンクだ。
わかったと言ったところで彼女の背後がざわつく。誰か外訪から帰ってきたのだろう。
「何かあったら連絡して」
『はい。お休み中に申し訳ありませんでした』
電話を切って息をつく。彼女はいい子だ。わからないことをわからないときちんと言える。適当にごまかして後から問題になるより、そっちのほうがいい。
空に目をやれば、澄んだ青空に雲がのんびりと浮かんでいる。
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