レスピラシオン ~妖精の家~

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 マーさんが光琉の頭を引き寄せ、人間でいう腿の上に乗せた。冷たく、心地よい感触が光琉の頬に当たる。ここに来る前に考えていたことが何なのか、思い出せない。何か、どす黒いものが彼女の頭を擡げていたような気がしたが、今はどうでもいいように思えた。  マーさんが耳元で囁く。 「今はこのまま、この心地よさに身を任せな。そうすれば、またしばらく頑張れるから」 「うん」  マーさんの優しい手が、何度も頭を撫でる。波の音は耳に心地よく、潮の匂いは眠気を誘うアロマのようだった。  次第に意識が遠のいていく。同時に心に淀んでいた何かが取り除かれ、驚くほど軽くなる。躰まで軽くなったような気がして、光琉はマーさんに身を任せながら宙に浮かんでいるような感覚に陥った。  だんだんとマーさんの膝の感覚も頬から消え、遥か高く空に吸い込まれていく。閉じた瞼は闇に包まれていたが、次第に明かりが差し、波の音はクラシックに変わり、潮の香りは強烈な花の匂いになった。 「はっ――――!」  光琉はカウンターの上で目を覚ます。目の前には小さな貝殻の入った小瓶が置かれ、店内の淡い明かりをその表面に映していた。  カウンターの向こうでは店主の夢一がグラスを磨いていた。花の香りに混じって、コーヒーの匂いが鼻先をくすぐった。 「おはよう。今日もぐっすりだったね」 「マーさんに会いました」 「潮の香りが効いたみたいだね。君が妖精を指名したのは初めてだったね」     
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