水に描いた肖像画

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 しかも、あくまで、なんでもないことのように言ってくれたのがうれしかった。祐介のその言い方は、当たり前のように、前から知っていてこれからもずっとそうだよと言ってくれているように、私には思えたからだ。それはまるで、祐介の絵をはじめて見たときの気持ちと似ていた。ずっと前から待っていた、何を求めているのかさえわからないままずっと望んでいたものをやっとつかんだ、しっくりきて、涙が出るくらい切なくてほっとできる、そんな気持ち。こんな風に言ってもらえたら、と、望んでいたのだ。1人だけでもいい。誰か、私の描くものに、心の底から触れてくれたら。そう願っていた。そしてそれが、祐介だった。  だから私はいまもこうして、ここにいられる。まっすぐに紙と向き合い、筆を握りしめて、色を見つめていられる。自由に遊びまわり、自由に跳び跳ねる色をつかまえるたびに、私は思う。だから私にとって全部が、全てが、あなたなのだと。あなたのおかげだなんて、口には出せないけれど、いつも、いつも、いつも。  そんな気持ちを知ってか知らずか、祐介は洗い終わった筆を持ち、静かに私の隣の席に腰を下ろす。まだ真っ白い地平に、今度はどんな地平を編み出してゆくのだろう。それを私が尋ねる前に自分から、祐介はゆっくりとつぶやいた。 「今度は、おまえを描こうかと思って」  一瞬、言われたことの意味がわからなくて、ぼうっとしてしまった。祐介の筆先からこぼれるきらめきは、油絵であろうと水彩であろうと変わらない。どんな世界が広がるのか早く見たい…そう思っていたのに、それがまさか、おまえ、とは。 「おまえって、まさか私のこと?」  紙と筆とパレットと絵の具、それだけ見つめながら問い返すと、紙と筆とパレットと絵の具、たぶん祐介もそれだけ見つめながら、そうだよ、と答える。 「この前の牧野先輩の絵を覚えてる?あれは、先輩の好きな人を描いたものらしいから」
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