カフェ・ノスタルジア

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「いよいよ着工ですね」  聞き覚えのあるバリトンで、背後から声がかかる。商店会長の健ちゃんだ。健ちゃん、とは言っても、四十をとうに過ぎたおっさんだが、彼が高校生だった頃から知っている洋子にとっては、一向に落ち着きが感じられない。180センチ以上の長身に、そこそこの容貌。若い頃は世界を飛び廻るカメラマン。国内でも、有名どころのアイドルや女優から指名がかかる程の腕だったのに、なぜか今は古い写真館で暇を持て余している。あまりに暇そうなので商店会長をさせられている。 「何ができるの、ここに」 「古民家カフェって言ってたかな。田舎の貴重な建物を残すため、買い取って東京に移築するんだ。この辺りならカフェ目当ての客が多いから、採算がとれるってね」 「詳しいね、商店会長。まさかあんたがやるんじゃないよね」 「僕に商売なんて無理ですよ」  写真館主人としての自覚など全く無いのか、健ちゃんは即答した。たしかに健ちゃんが働いているのは、せいぜい小学校の運動会くらいだ。 「昔のちょっとした知り合いがね、やるんですよ。ゼネコンを退職していまは古民家の移築をやってるんだよ」  商売になるほどに、古民家が売れるのだろうか。古民家は、手っ取り早く言ってしまえば、中古住宅である。それを遠くから運んでくるなんて、いくらかかるのだろう。住宅にロープを結びつけて引張ってくる映像が頭に浮かんだが、まさかそんなことはないだろう。ここの路地からして通り抜けられないじゃない。世の中には変わった商売があるものだと思う。 「まあ、開店したら、覗いてやってよ。彼女とっても美人だから」  五十女に対しては何の効果もなさそうな宣伝文句を言って、健ちゃんは高校生のような爽やかな笑顔を見せた。
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