カフェ・ノスタルジア

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 その店はあっという間に出来上がってしまった。ロープで家を引張ってきた気配は全く無かったが、何やら木材を叩くような音が景気良く響いたと思うと、一週間くらいの間に囲いが撤去され、代わりに張り巡らされていたシートも外された。するとそこには、立派な建物が出来上がっていた。正面の部分は改造されて大きなガラス窓になっているが、全体は雪国にありそうながっしりとした民家だった。外からでは三階建てだとは分かりづらいが、たしかに屋根は高い。使われている柱は、古いには古いが磨きこまれて清潔感がある。たしかに繁盛しそうな店だ。その姿を現してから、内装工事や什器の搬入にはたっぷり時間がかけられているようだったが、それが周囲の人の関心を呼ぶのか、通行人も中を覗き込んで過ぎる。  そして、本格的に秋がやってきた十月の末に、その店はオープンとなった。入り口の脇には縦書きで墨痕鮮やかに「カフェ・ノスタルジア」と書かれている。郷愁茶房といったところかしら。 「よろしくおねがいします。本日オープンです」  およそ写真館では見せない愛想のよさで、健ちゃんがビラを配っている。よほど自分の店が暇らしい。そんなものを配らなくとも、開店二十分前から既に三十人以上が並んでいる。洋子も「とっても美人」なオーナーの顔を見てみたいが、これから勤務である。帰りに開いていたら寄ってみよう。  全く期待していなかったのに、こうして出来上がってみると、印象のいい店構えに思えた。雪国風の作りは東京に不似合いだけれど、それでもこの町にずっと前から建っていたようにも思える。親しみを感じる面構( ファサード)え だ。故郷の栃木県に残っている古い住居とは存在感が違う。とはいえ、洋子が子どもの頃に住んでいたのはトタン屋根の市営住宅だったし、三十年以上前に東京に出てきてからは、全く帰っていない。あの町はどうなっているんだろう。あの人も。コンビニへの道を辿りながら、つまらない思い出ばかりの田舎町を思った。
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