渡り風の犬、ジロー

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 ラインハルトさんは、とても賢い犬だった。おそらくミイヤさんにも負けずとも劣らない手練れだろう。しかし薬草の知識には疎かったため、うっ血や切り傷に聞くアオキの葉をすりつぶし、彼の娘だというハルさんの治療を行うこととした。  ぼくは薬師としてこの群れにしばらく滞在することにした。最初は邪険にされたけれど、仲良くなると気のいい犬たちで、群れとしての規律やこの山のいろはを教えてくれた。思えば、ぼくは生まれてから、犬の群れというものに入ったことはなかったように思う。  ラインハルトさんは、この山を治める野犬の棟梁だった。もとは捨て犬だったそうだが、人の目や手を離れこの山奥に縄張りを作り、やはり捨てられた犬たちを受け入れながら、約二十頭ほどの群れを作っているのだった。最近までは、この山も平和だったのだという。  しかしながら、最近のこと、群れのナンバー2であったグレートデンのデンが反旗を翻した。理由は単純で、自分を捨てた人間たちへの復讐であった。デンは同じように自分を捨てた人間たちに恨みを持った仲間を率いて、この群れを出ていき、そしてラインハルトさんへ里へ下り、人間を相手に暴れまわる計画への協力を迫った。ラインハルトさんが拒否すると、この山を二分する争いに発展してしまったのだ。 『ハルは、デンを説得に行ったのだ。追い返され逃げるうちに、人間の罠に食いつかれてしまったのだよ。君を巻き込んだのはわしらだ。勝手な行動だったとはいえ、もしあのまま奴らにつかまっていたら、娘はどうなっていたかわからない。君は娘を助けてくれた、恩人だ』  月の光に照らされながら、山が見渡せる大岩の上で、ラインハルトさんは言った。 『ジロー、君は、人間が憎くないのか』  ラインハルトさんは静かに続けた。まるで、その感情の正しさを知っているかのような静かさだった。
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