渡り風の犬、ジロー

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 デンたちにやられた傷の回復には、しばらく時間がかかったけれど、それでもみんなが、特にハルさんが、かいがいしく世話をしてくれたおかげで、ぼくの体力は回復し、元のように動けるようになった。雪の散る、静かな月の夜だった。ぼくはラインハルトさんに呼び出され、あの森が見渡せる大岩の上にいた。そこには、静かにたたずむハルさんもいた。 『ジロー。お前に、この群れを任せたいと思うのだ』  ラインハルトさんは言った。 『わしももう老いた。またデンたちのようなことがあれば、次はどうなるかわからない。ジロー。君は、若く、賢く、勇敢で、そして恩人だ。どうかここにとどまり、わしの代わりに、群れを守ってはくれまいか』  それは他ならならない、ラインハルトさんからの頼みだった。彼はまるで、自分の死期を悟っているかのようだった。そんな彼に寄り添うように、ハルさんは続けた。 『ジローさん、私と、夫婦になってはくれませんか。私、初めてジローさんが助けてくれたときから、ジローさんのことが好きなんです。私、ジローさんに迷惑をかけてばかりだけど、ジローさんのことが好き。ずっとここにいては、くれませんか……?』  それは、とても暖かな言葉で、何物にも代えがたいものだった。ぼくもきっと、ハルさんのまっすぐなところにひかれていた。リハビリにハルさんと一緒にこの山を駆け巡ったとき、彼女のことが好きなのだとぼくも確信した。  けれど、たとえそうだったとしても。 『ごめんなさい。それでも、ぼくは、行かなきゃいけないんです――』  ぼくはどうしても、この旅の終わりを見てみたかった。それがどんなものであったとしても、ぼくは最後までやりとげたかったのだ。  ハルさんは、仕方なさそうに困ったように笑った。 『ふふ。本当はわかっていたの。あなたの目は、私でない、もっと遠くを見ているってこと。でもね、ジローさん、私、もっともっと幸せになるわ。あなたが悔しがるぐらい、あなたに負けないくらいに強く、幸せになってみせるわね』  ハルさんは、涙を流しながら笑っていた。ぼくのこころの波紋を鎮めるように、ラインハルトさんが金の瞳で静かに見つめた。 『行くがいい。渡り風のジローよ。君の行く手が、どこまでも幸せで溢れますように』
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