渡り風の犬、ジロー

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 それからぼくは、とても長いこと旅をした。  港の街や、森の街、田舎の田畑や、都会のビルの合間、川沿いの集落、谷間の里、山頂の山小屋、どこにでもある民家へ。  春の桜、菜の花畑、紫陽花の里、白百合の海岸線、ヒマワリの丘、彼岸花の野、ススキの河原に、紅葉の森、薄雪のもみの木林、御神渡りの湖、どこまでも続く雪渓に、つくしの覗く野原を。  春の花を、夏の光を、秋の月を、冬の雪を。  春の嵐を、夏の長雨を、秋の稲妻を、冬の星空を。  追いかけて、追いかけて、ぼくはどこまでも旅をした。そこでは、いろんなことがあった。子供たちと仲良くなったり、野良猫の抗争に巻き込まれたり、幽霊と遊んだり、猿の化け物を退治したり、穴知らずの熊を退けたり。最近では伏見稲荷の稲荷山に住まうお稲荷様、仙狐のヨーコさんと仲良くなって、宝玉取りの勝負に勝ったとき、願い事を一つだけかなえてくれることになったのだ。  九つのふさふさとした尻尾を揺らして、仙狐のヨーコさんは言った。仙狐とは、千年以上生きた狐のことなのだという。顔の広いヨーコさんは、ミイヤさんとも知り合いのようだった。実はミイヤさんは西の地の、立派な猫又なのだそうだ。 『人探しなら、人に化ける術を授けたるで。長いこと生きたいなら、霊獣になる方法でもええな。なんならオオカミを祀る秩父の眷属に口をきいてやってもええ。仲はようないけどな』  悪い話じゃないやろ、とヨーコさんは笑った。ヨーコさんは試しにと、綺麗な金髪の女性に変化をしていた。 『いらないよ』  それはきっと、正直な気持ちだった。おそらく、必要なものなんてそんなになくて、それならぼくはもう持っていたからだ。 『じゃあ、せめて一つだけ。ぼくがまたここにきたときに、また来たな、と笑っておくれ。そうすれば、きっとぼくは嬉しくなるだろうから』
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