渡り風の犬、ジロー

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 どこまでもどこまでも旅をして、老いとともにぼくの体はほとんど限界を迎えていた。思うように体が動かず、休まなければならないことも多くなった。そうして、もう数え切れないほどの春の季節が廻り来たころ、一羽のツバメがぼくの頭上を旋回した。ツバメはチィチュロリ、チュリチュリと一つ鳴き、ぼくの鼻先に降り立った。桜の花がつぼみをつける、春である。 『旦那、旦那を探しておりやした。渡り風のジローの旦那でございましょう?』  ぼくは、このツバメによく似たツバメを知っていた。 『徳さん……? 久しぶりだね』 『徳之助は、あっしのひいひい爺さんにござんすよ。あっしら一族は、ずうっと旦那の飼い主様を探していたんでやんすよ。首筋に三つの並びほくろ。あっしの目に曇りはございやせん。南へ山を二十と三越えた街に、その方はおられますよ』  その言葉を聞いて、ぼくは思わず老体に鞭打って立ち上がっていた。もう長く旅をして、ぼくの身体は老いさらばえ、これが最後の手がかりかもしれなかった。 『そうなんだ。ありがとう。徳さんは、ずっと一族で探してくれていたんだね。お礼が言いたいな。徳さんは今』 『徳之助ひいひい爺さんは、先の夏に亡くなってしまったんでやんす。でも、最後まで旦那のことを思っておりやした。旦那がぴょぴょんとひいひい爺さんの巣まではねた、あの初夏の日のことを。あっしはね、そのときの雛の孫の、その子供なんでやんす。だから、あのとき旦那がひい爺さんを助けてくれなかったら、あっしはここにはいないんでやんす』  あれから、徳さんとは何度もあったけれど、先に逝ってしまったのは徳さんだったのか。徳さんとはよく旅の話をした。徳さんの行ったところへぼくは行ってみたいと思って、ぼくの立ち寄ったところへは、徳さんは必ず行くと息巻いていた。  徳さん、君は義理堅いやつで、本当にぼくのことを思っていてくれたんだね。  ぼくはよろよろと老体を起こし、一つありがとうと言った。そして、二十と三向こうの、南の街へ向けて旅に出た。おそらくそれが最後の旅になるだろうと、ぼくの中に静かな確信があった。
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