渡り風の犬、ジロー

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 初めての、夜明けの紅葉の森である。  ぼくは恐る恐る、キャリーバッグの中から一歩を踏み出した。  夜も明けやらぬ紅葉の園であった。一面の赤色、ふかふかのじゅうたんの上に、ぼくはただ一匹まっすぐに立った。どこまでも続くきらめくような緋色、その先の森を抜けた空の色が変わっていく。朝焼けである。  ぼくは、一人で見たその朝焼けを、けっして忘れないだろう。息をのむような風景に呆然としていたけれど、しばらくしてその朝焼けに手を伸ばすように紅葉の森の中を撥ね、飛び上がり、駆け回っていた。真っ赤な森に、鉄さびの香り。この美しい世界の、そのすべてがぼくのだけものになったかのよう。  ぼくは長い間、思うがままに走り回り、そして疲れを感じて一本の紅葉の木の下に座り込んだ。我に返り、ふと見上げた鼻先をかすめた風、その風に、きっとぼくはなる。ぼくの名前は、渡り風のジロー。  そうしたら、次はどこへ行こうか。
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