渡り風の犬、ジロー

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 海沿いの港町を後にして、ぼくはまた再び旅を続けた。  太陽の熱が人間の作ったアスファルトの道路を焼く季節となり、昼間はやけどをしてしまうので、夜に移動することにした。  人里の方が食べ物を入手しやすいので、人間の住むところの近くの山や藪をたどりながらの旅だった。夏の日差しがやや弱まりかけた季節、月の綺麗な晩のことだ。  ぼくは里と里との合間に、大きな山を越えることとなった。木々の深く茂る、人の住まぬ山中である。遠くの空に覗いた月明かりの下、日が落ちて温度が下がった茂みの中を歩いていた。  夏の夜は、獣も活発になる時期でもある。特に月に綺麗な晩であればなおさらだ。ワオーン、と遠くで犬の遠吠えがした。この山に入ってから、どうも様子がおかしいことに気づいた。獣の争った匂いが、そこかしこに充満しているのだ。それは、普段は匂いに敏感な獣たちが、戦い傷つき消せなくなった、争いの匂い――。  あたりには、そんな匂いが充満していて、めまいがした。一刻も早く、この山は通り過ぎたほうがいい。そう思った、その時であった。  風上から、獣の匂いがした。犬の匂いだ。  ミイヤさんに教えてもらっていた。相手が見えないとき、進むときは風上に進め、と。なぜなら、ぼくたち犬は鼻が利く。風上から漂ってくる匂いから、行く手の危険を判別できるからだ。  しかし、様子がおかしい。風上から漂うのは、獣の匂いに混じった、隠し切れない鉄さびの香り。足元、ぼくでない足跡に残る黒い痕。これは――。  ガウッ!!  そのとき、走るスピードを緩めていたぼくへ、背後からとびかかってくる黒い影があった。完璧な奇襲だったけれど、ぼくはミイヤさん仕込みの軟体術でひらりと身をかわすと、くるりと回転しながら地面を跳ね距離を取った。  ミイヤさんは言っていた。逃げるときは、風下に逃げろ。そうすれば、鼻の曲がるような犬の匂いに、追手が気づかずに済むからと。  つけられていた?  ぼくは、強襲者と一飛びの間合いで対峙する。
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