渡り風の犬、ジロー

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 イングリッシュマスティフ。隈取りに耳の垂れた大型犬だった。いぎりすという海外の国の、闘犬だったこともある犬種である。大人しい性格ではあるものの、体格はぼくより格段にたくましいため、正面から戦えば負けるわよ、とぼくの師匠は教えてくれた気がする。ちなみにミイヤさんにぼくの犬種を尋ねると、『ただの雑種』とため息をついていた。 とにかく、力では勝ち目のない相手である。地の利も相手にあるだろう。ただ、ぼくにはミイヤさん仕込みの描術もある。逃げ切ること自体はそう難しいことではないかもしれないが。  ぼくは、怯むことなく一吠えすると、イングリッシュマスティフに向けて突撃をした。自分と大きい相手と闘うとき。一番大事なものは気迫であるとミイヤさんは言っていた。そして次に大事なものは初撃である。ぼくは体制を低く取り、にらみ合いが続くと思っていたであろうイングリッシュマスティフのやや側面に潜り込むと、そこから全体重をかけて体当たりを敢行した。巨体が宙に浮き、草の上を転がる。そこに隙があった。ぼくはそのまま置いてけぼりになった尻尾にがぶりと噛みついた。  ギャイン!  心の中では、何度もごめんと謝った。イングリッシュマスティフはそのまま、来た方向の藪の中に逃げ帰っていく。これで決着がつけば、そう思ったとき、風が巻いて風向きが変わった。ぼくの進もうとする方向に向けての、追い風である。  そこでぼくは、犬の大群が迫っていることを知った。殺気をみなぎらせたたくさんの犬たちが、こちらに向かって迫ってくる。イングリッシュマスティフ一匹ではなかったのだ。けれどもこちらは風下で、逃げるには好機。ぼくの匂いを追うことは相手にはできないだろう。けれど。  けれどぼくは、その場にたたずむと、その殺意たちが迫るのを待った。がさ、と音がして、彼らが藪から扉してぼくの姿を認めた途端、跳ねるように飛び上がり、ミイヤさん仕込みの三角飛びと爪のひっかけ方と体重移動で、近くの大きな木によじ登った。あらん限りの声を上げて、犬たちを威嚇する。  先ほどのイングリッシュマスティフ、ドーベルマン、ゴールデンレトリバー、体格のいい犬たちを含めたたくさんの野犬たちが、樹上で吠えるぼくを認め、吠え返してくる。この数相手に勝つのは難しい。ぼくは籠城戦を決め込むことにした。
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