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「さて、そろそろ戻りましょうか?」
時計の針は午後7時半を過ぎたところ。
「あー、面倒臭い。駅前までとか地味に距離あるし」
「あはは、冗談ですよ。気にしないで下さい」
私は笑いながら煙草を灰皿に押しつける。
でも、この時間はきちんとご飯を食べるか迷うんだよね。
ギリギリ終電間に合ったとしても、夜中にがっつり食べるのは気が引けるし。
だったら、とことん甘いコーヒーで空腹を紛らわせたいと言うか……。
「ナルミちゃんさー」
「え?」
喫煙室の扉を開こうとした瞬間、背後から伸びてきた長い手が私の髪を掠めて扉を押した。
「例の待ち伏せ男とはきっちり別れられたの?」
「は?うわっ!?」
いつの間にか背中に感じる上原さんの気配に、私は思わず飛び上がった。
「いや、いつだったか腫れ上がった顔で出社してきただろ?あの時、相当しんどそうだったなぁって」
ななな、何、この距離感。
私は完全に扉と上原さんの身体に閉じ込められていて。
慌てて扉を一気に押し開くと、勢いよく上原さんから離れた。
「他のヤツらは気づいてなかったと思うけど、あの頃、マスクで隠した顔にアザはあるしで密かに心配してたんだよ。
いつだったか待ち伏せしてた男に無理やり連れてかれそうになった時もあっただろ」
見上げた先にある上原さんの瞳は柔らかく微笑んでいる。
何だこれ、動悸が激しい。
こんな上原さん、今までに見たことなんてない。
息が苦しい。
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