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2月14日、
時刻は18時30分。
世間は間違いなくピンク色のディスプレイに彩られた、甘い甘いあの日のはず。
さっきまで沢山の男性社員で賑わっていた喫煙室にはいつの間にか私だけが残されていて、
最悪だ、という私の小さな呟きだけが煙と一緒に空気清浄機に吸い込まれていった。
「あ、いたいた!」
「……なに?」
バタンと勢いよく飛び込んできた笑顔の樫くんに、私の声色が無意識に低くなる。
「ナルミちゃん、悪いんだけど今から篠村さんのヘルプ頼める?
空港テナントの施主希望があまりに無謀すぎて収拾つかなくて。
リミットは1時間。
こっち有利に相手を黙らせる、いや、納得させる妥協案とかナルミちゃんなら捻り出すの得意じゃん?」
「……なにそれ」
「あれ、機嫌悪い。まさか先約でもあった?」
ないよ、そんなの。
いや、不本意な一件を除けばだけど。
「上原さんもいないし、篠村さんも早く帰りたそうだしでどうにもならなくて。
お願いだから助けて!この埋め合わせは必ずする!」
目の前で両手を合わせる樫くんは、ここ最近のヨレヨレでどうでもいい格好なんかじゃなく、
お気に入りだっていつも話してるストライプシャツにケーブル編みが素敵な濃紺のニットベスト。
ピカピカに磨かれたウィングチップまで履いて、なんだよ樫くん、やる気満々じゃないか。
「最近出来たっていう熊本料理のお店」
「え?」
「ひともじのぐるぐる、っていう変わった名物があるんだって。あと、天草大王って地鶏と、からしレンコンも」
横目でチラリと樫くんを伺い見ると、はいはい、と呆れ顔で喫煙室を出て行った。
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