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広い湖上を夏風が吹き抜けていく。
幾つもの山が入り江になり、どこまでいっても入り組んだ湖が続いている。
船は白い航跡を残しながら峡谷のような水域に入った。左右から急峻な絶壁が次から次へと迫ってくる。
十五年前まで宮沢の深い山稜地帯だった場所である。現在は彫刻のように削られた岩肌の半分が水中に没していた。残りの半分は、空へ昇り、山頂付近には樹木が茂っている。
「ほら、あそこ。壁みたいな山があるだろ。あの下あたりにトンネルがあったんだ。栗村爺さんの家は、多分、この真下かな」
大樹が手摺をきつく握りながら外側へ身をのりだした。
「じゃあ、銀林池はあの辺りか?」
達也が蜂蜜色に反射する遠くの水面を指で示した。
「そうだ。おれらはあそこから出発したんだよ。お宝も湖の底にある。隠し場所は爺さんの家の床の下だったらしいよ。まあ、詳しい事はあとで説明するとして、きょうは水の上からの散策ってことさ」
大樹が言うと、みんな一斉に下をのぞきこんだ。
深緑色の湖底に、かつての廃線跡を探した。
見えるはずもないが、それでも懐かしい時代がすぐ真下にあるのだった。
卒業後、みんなはそれぞれの道へ別れていった。
あの夏、たった十数時間の冒険だったかもしれない。
けれどもその記憶が、彼らを呼び醒ました瞬間でもあった。
そこには高校生の顔がきらきらと光っている。
了
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