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達也はすまなそうに下を向いた。
「人、それぞれよ。あたしだってさ、あんなに仲良かった大樹と別れたんだから」
館山碧がけろりとして言った。
達也が顔を上げて、碧を見た。
「別れたなんて意外だったよ。そのうち大樹と碧は結婚すると思ってた」
「大樹は結婚したのかな。そんな噂は聞かないけどさ、どうなの?」
「いや、おれはずっとここを離れてたから知らないよ。岡村と瑠菜は地元だから知ってるんじゃないのか」
達也は岡村に視線を向けた。
昔と変わらない黒ぶち眼鏡のフレームを持ち上げながら岡村が答えた。
「同じ役所の中に彼女がいるらしいぞ。十二歳も年下だそうだ。一度だけ、いっしょにスーパーで買い物してるところを見た」
「ふーん、そうなんだ」
碧が感情のこもらない声で何度もうなずいた。
かすかに気落ちしているようにも、達也には思えた。達也は碧にたずねた。
「碧はどうなんだい?結婚は?その感じだとまだ独りだろ?」
「ふん、余計なお世話ですう!そういうあんたはどうなのさ」
「おれはまだ独身だよ」
達也はわざとらしく笑った。
二人の間に、関口瑠菜が割って入った。
「達也さん、うちの旅館で修業しない?あたしが結婚しないもんだから。母親がうるさくてさ・・・」
それを聞いた碧が、そうきたか、ときゃははと女子高生のように笑った。
「瑠菜、あんたさ、そういえば達也に惚れてたたもんね。だけど、こいつ鈍感だから、瑠菜の気持ちがわからなくてさ。サイテ―だよね」
「えー?碧さん知ってんですかあ。だったら橋渡ししてくれてもよかったのに」
瑠菜が口を尖らせた。
「あたしさ、あのときは大樹に夢中でさ、気がまわらなかったんだ、ごめん」
と、碧はまたきゃははと笑い、矛先を達也に向けた。
「で、さ。達也はどうなの?瑠菜ちゃんのことどう思ってるの」
「どうって、旅館は厳しそうそうだなあ・・・」
「あんた、旅館とつきあう気?」
碧がたたみこんだ。
彼らが世間話に高じていると、またたくまに時間が過ぎていった。
「やあ、すまんすまん。みんな集まっていたとは!」
濃いサングラスをかけた男が、かろやかな足取りで近づいてくるところだった。
山縣大樹だ。
白い半袖のカッターシャツに紺色のスラックス姿である。それがいかにも公務員らしい固い印象を与えるが、高校時代のイメージとそれほど変わっていない。
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