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世紀の発明
博士が空港のロビーに到着すると、胸に旅行会社のバッジをつけた男が出迎えていた。
「それにしても博士、すごい発明ですよね」
男が先導して歩きながら話しかける。
「いやあ、どうってことはない。ちょっとした発想の転換にすぎんよ」
「しかし私、マンガの世界の話とばかり思ってましたよ」
「まあ、確かにこの『どこにもドア』が実用化されたら人類の生活は大きく変わるだろうな。ドア一つくぐるだけで、世界中のどこにでもいけるようになるんだからね」
博士は誇らしげに滑走路の小型機に目をやった。
「こちらになります。少し揺れますが、一眠りしてるあいだに御希望通りの無人島に到着しますよ」
男は座席まで荷物を持って案内すると、博士を振り返り声を潜めた。
「すでに、業界の大手が特許権使用の交渉合戦を開始しているという噂もあるようですが……」
「そうなんだよ。まだ公式には何も発表してないというのにな……。うるさくてかなわんから、君のとこに頼んで学会発表の日まで身を潜めようという計画なんだよ」
「なるほど、賢明な選択です。私どもの会社は、各界の著明人や重要人物などの旅行を専門にサポートしておりますからね。航空機まで自前のものを使っていますから、絶対に秘密が漏れることはありませんよ」
「そうそう、そこを信用したんだ。よろしく頼むよ」
博士は満足げに、大きくうなずいた。
「ところで博士、今日のことは誰にもおっしゃってないでしょうね? せっかく私どもが口を閉ざしていても、博士の身辺から居場所が知れては元も子もありませんからね」
「まかせたまえ。こう見えても身の安全には気を遣うたちなんだよ」
男は笑顔を浮かべて博士を見つめた。
「それでは学会の前日にお迎えにあがります。食料は十分に用意してありますから」
「うむ。世話になるね」
せわしなく飛び立つ小型機を見送ってから、男は安堵のため息をついた。
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