三階での話(みー)

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三階での話(みー)

 マンション三階の一室。ここには厭世家の男と、その娘が暮らしている。  彼はこの部屋で、最愛の妻の忘れ形見である娘を育てながら、小説家として作品を生み出している。その作品は読む人を選ぶものの、一部のコアなファンから絶大な支持を受けている。しかしその性格は前述の通り厭世家であり偏屈そのもので、人の神経を逆撫でする言動を取っては相手を激昂させている。出版社の編集も「もうあの人とは組めません」と逃げ出す始末である。そうして傍若無人な振る舞いでありながら、世に小説を出版し続ける彼の生き甲斐は、 「パパ、おなかすいた」 「そうかそうか~! 今日は何を食べようねぇ? ゴッホの合法コロッケかな~?」  ただ一人の娘を心の底から溺愛することだった。 「何故この私がお前の意向に沿わねばならん。私の作品だぞ! 世の消費者どもは私の作品を待っているのだ!」 「そうは言っても、世間体とかありますから! 時期によっては過激な発言や表現はよろしくないです! 目ぇ付けられたり炎上しますよ!」 「知るか!」 「ああもうこの人は!」  今日もこの部屋では偏屈作家・飯豊方輔と、出版社の担当編集者・木兎が言い争いを繰り広げていた。この編集は飯豊についた六人目の担当編集者であり、出版社の最後の砦と言ってもよかった。それぐらい、この作家につける編集者には出版社の人間も頭を悩ませていた。なにせ、担当させた編集者が飯豊の高慢ちきの傍若無人ぶりについていけず、軒並み辞退してしまうのだ。それでも飯豊は今人気の作家ともあって、早々手放しがたい逸材であることは間違いなかった。性格さえ問題なければとてもよい作家である……本当に、性格にさえ、問題が、なければ! 「まぁ、書いてくださっているようだし今日は帰りますけど……。俺って打ち合わせもさせてもらえないんすか」 「必要なし! お前はただ待っていれば、傑作が誕生するのだ! こんなに良い仕事はないぞ! もっと胸を張り、上を向いて自信を過剰に持ちたまえ!」 「気分は最悪っすけどね。んじゃまぁ、〆切は二ヶ月後なんで、それまでによろしくお願いしますよ」  木兎がげんなりしながら飯豊の部屋を出ると、飯豊の雇っている家政婦と鉢合わせた。 「あ……お邪魔してます」
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