六階での話(志藤絢)

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 言いながら彼女はバックヤードへ足を向ける。さてはとPOSレジのモニターの片隅に目をやれば、そろそろ三便が来るころだ。すっかり時間感覚がなくなっていて、もうそんな時間だとは気が付かなかった。返却コンテナを移動させたりと力仕事も多いので追いかけようとしたら「店長は伝票の準備お願いします」とさりげなく先手を打たれてしまった。  ミヨコちゃんはわたしを働かせない天才なのだ。もちろん、彼女なりの気遣いなのだと分かっているし、言葉では表せないほど感謝もしている。たまに厳しい口調でお叱りを受けるのもわたしを心配してくれているからだ。そして彼女のすごいところは、わたしがどういう行動をとるか、どう思うか分かって動いているところだ。長い付き合いなだけあって、どう言えばわたしが気に病まないかを分かっている。ハンディーを片手に戻ってきた彼女を頼もしく思っていると、ミヨコちゃんは「聞いてますう?」と口を尖らせた。 「聞いてるよ。いつもありがとうね」 「……別に、店長には入ったばっかのころからずっとお世話になってるってだけだし。 でも、ちゃんと考えといてくださいよお、アタシがいなくなってからのこととか。アタシが辞めたら店長が過労死したとかマジ笑えないんで」 「うん、分かってる。ありがと」  これが話に聞くツンデレかと微笑ましく彼女を見つめていたら、入店音と同時に業者のお兄さんの元気な挨拶が店内に響く。大量のコンテナを見てミヨコちゃんは口元をひきつらせた。 「……なんか、最近また客増えてません?」 「近くにマンションも増えたしね。いいことじゃない」 「じゃあ給料上げて人も増やさなきゃだめじゃないですかあ。店長、マジでそのうち死にますよ」 「大丈夫、大丈夫。めったに体こわさないし。丈夫なのがとりえなの」  まだ納得していないらしいミヨコちゃんは、相変わらず唇を尖らせてぶつぶつ言いながらも慣れた手つきで検品を進めていき、終わったものからわたしが商品を棚に陳列していく。このコンビで入ると棚も綺麗だし仕事も捗る。本当に、口では適当なことを言いながら要領よく仕事をこなしていくあたり、まさに今どきの子だなと思う。
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