三階での話(みー)

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「素敵ですね」 「そう、素敵な妻なんだ」 「奥様だけではありません。飯豊さんも素敵です。生前から今までこんなにも思い続けてもらえるなんて、奥様は絶対に幸せですし、それは飯豊さんが今も奥様を幸せにし続けているということに他なりません」 「……そうか。今も笑ってくれているだろうか」 「ええ。きっと」  飯豊は妻の笑顔を見ているのか、遠くを見るような優しい目をして微笑み、木葉の入れた紅茶を口に含んだ。そんな様子を見ていた木葉も、つられるように頬を緩めた。 「……あ、飯豊さん。そろそろお迎えの時間では」 「おっっっと! そうか! ひるかを迎えに行かねばな!」  ガタンッ!と立ち上がり、手に持っていた飲みかけの紅茶をぐいーっと飲み干してデスクに慌ただしく置く。部屋に配置してあった姿見の前でピシッと身なりを整え、優雅に、華麗に、しかしうきうきと玄関に向かった。 「それでは木葉さん! 行ってくるよ!」 「行ってらっしゃいませ」  バタンッと勢いよく玄関のドアが閉まり、部屋には木葉一人が取り残された。今しがた役目を終えたティーカップを手にキッチンに入りながら、木葉は本日の夕飯に考えを巡らせていた。  ひるかの通う幼稚園までは、交通機関を使わず十五分で行くことができる。最初こそ、大衆の中での孤独を味わうことにならないだろうか、いじめられたりしないだろうか、教育方針が合わず苦しい思いをさせることにならないだろうか、と心配した飯豊だった。が、父の心配とは裏腹に、素直で純粋で優しいひるかは幼稚園という環境の中で周囲とうまく関係を築いていた。たくさんの園児と友達になり、泣いている子がいれば慰めてあげたり先生のところへ連れていってあげる。先生の言うこともよく聞き、先生もひるかの話をよく聞いてくれる。しかし、飯豊は先生のことは少々は認めているものの、他の親に対しては全く心を開いていなかった。 「チューリップ組さーん! 前の人に着いていきますよー!」 「とんとんまえ! とんとんまえ!」  先生の先導に従い、親鴨の後についていく小鴨のように園児が列を成す。きちんと並びきり、人数の確認が取れるまでは親が迎えに来ていてもすぐに引き取ることはできない。 「カイトくん!」 「はぁい!」 「ひなちゃん!」 「はーいっ!」  背の順で並んだ子供たちの名前を先生が順に呼んでいく。その光景を見るのも、飯豊は嫌いではなかった。
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