四階での話(ネム)

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四階での話(ネム)

 納得がいかない。機敏……とまではいかないものの、蒸し暑いキッチンで不自由なく動き回る同居人の背中を見て、レオはじっとりと重苦しい息を吐いた。  日中よりも夜間のほうが得意であるのは、向こうだって同じはず。だというのに、どうしてこうも違うのだろう。同居人はキッチンで忙しなく働いていて、自分はぐったりとだらしなくソファに懐いている。気を抜くと、いまにも夢の中へ旅立ちそうだ。  ――いや。いっそこのまま寝てしまってもいいんじゃないか? もうバイトだってどうでもいい。起きたくないし、動きたくない。とろりと下がってきたまぶたの欲望に抗うことなく従った。いつだってこの、入眠の瞬間に幸せを噛みしめるのだ。手足の温度が、二度上がる。  途端、どすッ! と鈍い音と共に、身体に衝撃が伝わった。痛みはない。ただ、驚きすぎて心臓がバクバク早鐘を打っている。反射で上げた視線の先では、仁王立ちしたタイガが目をすがめ、顎を高く上げて、レオを冷ややかに見下ろしていた。 「……ッに、すんだよ!」 「『なにすんだ』じゃねぇよ、くそったれ! 寝てんじゃねぇよ、もう昼だぞ。手伝え。せめてバイトに行く準備しろ!」 「うう……。だって、ダルい」 「だってじゃねぇ」  怒気を吐き出すように、もう一度、ソファの足下を思い切り蹴られた。  そろそろ本当に起き上がらねば。いまはまだソファで済んでいるが、その蹴りがいつ腹へ飛んでくるか、わかったものじゃない。DV反対。こころの中でだけつぶやいて、のろのろと身体を起こした。  ぐあ……。大きなあくびが漏れる。ダルい。寝起きの、ボサボサの頭をガリガリやる。指に毛が引っかかり、不意に頭皮が引っ張られて、鋭い痛みを呼んだ。細くて絡まりやすいくせに、量が多くて面倒なこいつを、先になんとかしなければ。  起き上がる意思をきちんと示したおかげか、タイガはそれ以上はなにも言わずに、キッチンへと戻っていった。仕方なく、のっそりと立ち上がる。寝起きから二度も三度も怒鳴られるのはごめんだ。のろのろとバスルームへ向かって、鏡の前に立つ。見る前から、わかっていた。髪はボサボサ。目頭には目やにをくっつけ、口許はよだれの痕が白く残っている。とんでもなくひどいツラだ。
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