四階での話(ネム)

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 この髪の手入れが心底面倒で、前に一度、刈り上げてしまったことがある。父親からは「みっともない」と思い切り顔をしかめられ、髪が元に戻るまで、口を利いてもらえなくなった。タイガからも似合ってないと鼻で笑われてしまったので、あれは相当な失態だったのだろう。かく言うタイガは、常にベリーショートスタイルだが。  ボサボサではダメ。短すぎてもダメ。オトナの世界は面倒くさい。当時はこころの底からそう思った。いまとなっては、オシャレとやらに目覚めたおかげで、身だしなみを整える楽しさに気づけている。  鳥の巣状態の髪にブラシを入れ、少しずつ、丁寧に梳いていく。それが済んだら湯で洗顔。毛抜きで眉の形を整えて、無精ひげをそり落とす。歯を磨き、水洗顔をしたあとに、ようやく化粧水でさっぱりだ。これが毎日のルーティーン。この辺りでやっと、ぼんやりしていた目が覚めてくる。  着替えて、手に取ったワックスを髪に馴染ませ、全体的な流れを作る。真剣勝負。やり過ぎないよう注意しながら、毛先をつまんで遊ばせたら完成だ。髪型がキマらないと、その日一日、気が乗らない。今日はまぁまぁ悪くなかった。  開けっぱなしのドアの向こうから、空腹を刺激するにおいが漂ってきた。腹が素直に反応して、ぐう、と鳴く。腹の虫は正直で、うまいメシにありつけると知っている。長い付き合いの中で、タイガにしっかり胃袋を掴まれていた。  リビングへ戻れば、案の定。いますぐに食べられる状態で、食事が並べられていた。レオを待つこともなく、タイガは先に食べ始めている。本日のメニューは、ハンバーガーらしい。タイガ手製の分厚いハンバーグが挟んである。噛むと肉汁が溢れて、濃厚なソースとの相性が抜群であると知っている。  タイガは料理人だ。レオよりもみっつ年上で、学生のころからアルバイトしていたレストランに、卒業と同時に就職した。その恩恵がこれだった。本当は肉を扱う料理が得意なのに、職場では前菜ばかりを作らされているらしい。皿洗いの下積みは学生時代に終えたものの、フラストレーションを溜めていて、こうして家で鬱憤を晴らしている。いそいそと席に着く。いただきます! ばちんと手を合わせ、わき目もふらずにハンバーガーへかぶりついた。
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