二階での話(志藤絢)

2/4

1人が本棚に入れています
本棚に追加
/20ページ
 夫との出会いは職場だった。隣の部署で働く見た目も態度もスマートな男性に誘われて、わたしはあっという間に恋に落ちた。十も年上だし、職場の先輩にはやめたほうがいいと言われたけれど、デートはいつもオシャレなお店に連れていってもらえたし、会計からエスコートまですごく洗練されていて、何よりも優しかった。大学では化粧もせずに研究に没頭し、オシャレの何たるかも知らないままに社会人になってまた研究に明け暮れているようなわたしにはもったいないくらいの人だと思った。  三度離婚しているとか、プレイボーイだとかいう噂もあったけど、わたしと付き合っている間はほかの女の子になんて一切目をくれなかったから疑いもしなかった。離婚については、家事が苦手だという彼に奥さんが不満を抱いたとか、専業主婦になる約束で結婚したのに奥さんが仕事を辞めなかったとか、よくある性格上の不一致だと聞いていたし、わたし自身、寿退社に憧れがあったこともあり、わたしとなら大丈夫だという自信があった。家事は一通りできるし嫌いじゃない。研究職でそこそこ給料ももらえているのにもったいないかなという気持ちもどこかにはあったけれど、それを拭い去るほどに彼との結婚は魅力的だった。専業主婦になるのなら家事はわたしが一切を取り仕切ればいい話だし、彼となら互いに尊重し合っていい関係が築けると思った。むしろ、わたしと知り合うために彼は今までの人と別れてきたのかも、なんて都合のいい妄想をしたりした。今にしてみれば、ばかだとしか言いようがない。  結婚を決めてすぐ、わたしは彼の子供を身ごもった。式を挙げるはずだったのにとか、さすがに早すぎるとか、無計画すぎると親にはがっかりされたけどわたしはうれしかった。子供はたくさん欲しかったし、何よりも彼が喜んでくれたから。式場はキャンセルして、レストランで小規模なパーティーをすることになったけれど、それでも参加してくれた友人たちに祝福されただけで幸せだった。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加