五階での話(みー)

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五階での話(みー)

「ただいま~、おかえりぃ」 「ただいま。おかえり」  パッとシーリングに光が灯り、次いでどやどやと二人の男が入ってくる。一方は買い物帰りのようで、ガサガサとビニール袋を提げながら。一方は仕事用のかばんをはたきながら。 「俺、夕飯作っちゃうから飛鳥はシャワーとか浴びちゃってよ」  そう言いながら、自分の仕事用のかばんをその辺の床に適当に置き、食材の入ったビニール袋を片手にキッチンに入る背の高い男、北島雄太。 「悪いな。先にもらおう」  神経質にかばんのほこりを払い、自らの所定の位置に置きながら返事をする、少し小柄な男、南飛鳥。  彼らは共にマンション五階の住人で、住居を共にする関係だった。良く言えばおおらか、悪く言えば適当な雄太と、良く言えば几帳面、悪く言えば神経質な飛鳥は、学生時代からの付き合いである。  出会いは高校。最初こそ会話をすることもなかった二人だが、貼り出される定期試験の成績表の前で、 「クソッ、二位だと……!」 「おぉ~。一位」 「あ?」 「うん?」  というやりとりで顔を知り、これが最初の出会いとなる。そして飛鳥から「北島、お前は普段どんな板書の取り方をしている」と敵情視察のように話しかけたり、雄太から「ちょっ、南くん! その待ち受けもしかして……!」と些細な趣味の気付きがあったり、性格の合いそうにない二人はこうして仲を深めていった。そして示し合わせたわけでもないが同じ大学に進み、共に淀みなく卒業し、別々の会社に就職した。しかし雄太の入社した会社の就労形態がお世辞にも良いとは言えず、やめることも出来ずに日々擦り切れていたところ、大学を出てからは少し疎遠になりかけていた飛鳥から連絡が入る。 「雄太、俺と同じ会社に入らないか? 福利厚生も悪くないし、表計算の得意な奴を探している。お前こういうの得意だろう。今の仕事に不満がないなら、この話は忘れてくれて構わないんだが……」  不満がないなら。その言葉を耳にした時、胸に詰まっていたものがすとんと腹に落ちたような感覚がして、そこで初めて自分は現状に不満があったのだと気付いた。要するに腑に落ちたのだ。現在の状況を思い切って飛鳥に相談してみたところ、 「お前それは間違いなくブラックだぞ……今すぐ逃げろ。そしてこっちに来い」
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