六階での話(志藤絢)

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 今どきの子らしく、興味なさそうに指先でまつ毛に触れながら非難の声を上げる彼女はその実、わたしを誰よりも心配してくれている優しい子だ。  わたしがこのコンビニの雇われ店長になって早七年、アルバイトを始めた当時高校一年生だった彼女も間もなく大学を卒業し、大手コーヒーチェーン店の正社員になるためにこの店を去る。寂しい気持ちももちろんあるけれど、それ以上に彼女の未来を祝福する気持ちのほうが大きかった。七年の間にこうして送り出した子はたくさんいる。悲しい去り方をした子も少なくない中で、きちんと最後までシフトに入ってくれるミヨコちゃんにはいくら感謝をしても足りない。 「まあ、休みもなく毎日昼夜問わず働いて、彼氏もいない、お金の使い道もない、趣味もないのないない尽くしじゃむなしくなるのも分かりますけどお」 「いや、そうじゃないの。別に自分が不幸せとかそんなことなくって」 「じゃあなんだっていうんですかあ」 「いやね、きょう、出勤途中に声を掛けられて」  曰く、あなたは幸せですか、と。  揃いのブレスレットを着けた女性二人組だった。一人は何に焦っているのか、びっくりするくらいの早口で 「幸せなわけがない。顔が死んでいるもの! 幸せから逃げているのよ! 怖がる気持ちはよく分かるわ!」  と捲し立て、もう一人はにこにこと目を眇めながら 「自分にとっての幸せが何か、思い悩んでいませんか? その荷物、わたしたちなら一緒に背負ってあげられると思うんですよ」  と至って穏やかな口調でカフェに誘ってきた。出勤間際だったので丁重にお断りしたのだけど。 「なんですか、それ。めちゃくちゃ分かりやすいシューキョーの勧誘じゃないですかあ。まさか、そんなのに興味持ったわけじゃないですよねえ?」 「まさか。そのくらいの分別はあるよ。けど、ちょっと思うところがあったというか」 「……やっぱり休まないのがいけないんですよお。アタシ、どうせもうすぐ辞めるしオーナーに言ってあげましょっか? 店長に甘えすぎなんだよ、従業員増やせハゲ!って」
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