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自分は一体何をしようとしていたのだろう。離れた今も、気を抜くと視線が瑳和の手首に引き寄せられそうになる。そんな自分を隠すことに精一杯だった。
瑳和の顔がまともに見られない。
「真布由」
「やだ。来んな……」
「近づかないから俺を見て」
そんなの無理だ。真布由はただ必死に首を振った。見てしまえば、この衝動を抑えきれなくなってしまう。
「俺を見て」
瑳和の言葉は抗いがたい強さで直に脳内へと入り込んだ。傷口を見ないように、慎重に顔を上げていく。
瑳和の顔がホッとしたように緩んだ。
瑳和は、ゆっくり、ゆっくりとしゃべり始める。
「布由、近づかないほうがいいのなら近寄らない。でも、俺は話がしたい。何が起きたのか、布由が何を考えているのか、何を思っているのか俺は知りたいんだ」
「……」
「多分、それは布由が知られたくないことなんだろうけど、それでも聞かせて欲しい。このまま布由が何も言わずに俺から離れて行くのなら、俺は布由を離したくはないから無理にでも捕まえるよ」
瑳和の声は穏やかで優しかったけれど、そこには強い決意があった。
「だから教えて。布由のことが知りたい」
もう、逃げられない。不自然なほど喉が渇いていた。唾を飲み込もうとしたけれど、それは奇妙な音を立てただけでなにも喉を通過しなかった。
首を横に振る。
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