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表のほうへと声をかけつつ着替えた制服は、臙脂色の七分丈シャツに黒のパンツとシンプルだ。店長はこれにロング丈のカフェエプロンをつけている。時計を見ると引き継ぎの時間まではまだ少し余裕があった。
喉の渇きを思い出し、自分用のロッカーから小さなナイロンパックを取りだした。わずか五〇ccの真空パックにはArtificial bloodとある。
それは、人工血液という意味だ。真布由は便宜上ついている蓋の存在を無視すると、真空パックのナイロンに直接牙を立て、一気に吸い上げた。パックが歪に形を変え、すぐぺたんこに潰れた。
苦味ともエグ味ともつかない不快な味が舌全体に拡がっていく。
「まず……」
思わず顔をしかめてポケットの飴玉を口に放りこんだ。薄荷の冷たさが味覚を中和し、真布由はほっと息を吐き出した。
「布由、いつのまにきてたんだ」
振り向けば、店長のアンリが軽く笑って真布由を見ていた。
「食事中だったのか。あいかわらず、よくそんな不味いもんが飲めるな」
アンリは真布由の手にある人口血液の残骸を見ると、大げさに顔をしかめてみせた。人工血液が不味いことは誰でも知っている。パックの裏側にも「不快な風味を感じることがあります」などと注意書きがあるほどだ。
それでも飲む必要があるのだから仕方がない。
「俺、ノーフィムの血を飲むつもりはないですから」
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