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「あ、れ……」
自分がなにをしていたのか、咄嗟に思い出すことができなかった。目の前には瑳和の腕。そこには小さな引っかき傷がある。
喉は、恐ろしい程に乾きを訴えていた。
「俺、なにして……」
なにをしようとした? 瑳和の傷口を抱え、唇を寄せて――。
ぶるぶると、背筋が震えた。
「俺、瑳和の血を……」
血を飲もうとしていた。
結論に到達したところで、目の前の瑳和を全力で突き飛ばしていた。驚いた瑳和が、一歩をうしろに離れる。
それなのに、瑳和は間髪入れずまた前に進んだ。
「来んな!」
声が震えた。
「瑳和! 近寄るな!」
腹の奥から絞り出した、おかしな声が叫び声をあげていた。
「頼むから……お願いだから……来ないで……」
尻すぼみになった声は、やがて小さく消えていった。自分は、瑳和の血を飲もうとしていたのだ。真布由の意志とは違うところで、無意識に求めていた。
怖かった。自分自身すら思い通りにならないことが、たまらなく怖かった。
甘い香りは、まだ真布由の意思をあざ笑うように漂っている。
瑳和が近づいてこようとしないことに安堵しながらも、この場から今すぐ逃げ出したい思いでいっぱいだった。
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