幸せの温度

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 視線は前に向けたまま、陽がポツポツと話し始める。少し声を潜めているのは、あまり葉月に聞かせたくない話なのかもしれない。 「はい……数ヶ月でしたけど、覚えてます」 「俺も、あんまり気が利く方じゃねえし、まさかと思ったんだけどな。お前らを迎えに行ったあの日──」 九  八畳あるかないかという部屋が一つに、キッチンにお風呂とトイレ、それが黒岩家の城だった。  洋服やおもちゃはあまり買ってもらえない。二人とも口には出さないけれど、うちはお金があまりないらしい。〝らしい〟というのは、睦月が小学校で流行っているゲームやおもちゃの類をまったく持ってないことを、同級生に冷やかされたからだった。  おもちゃはないし、父は仕事、母も仕事で忙しい。けれど、たまにする家族でのお出かけがあるから良かった。  睦月がお気に入りの青いピカピカの車に乗って、色々な荷物を積んで出かける。行き先はいつも違って、少し遠くの公園だったり、もっと遠くの公園だったり。母が大きなランチボックスにたくさんのおかずを詰めてくれるのを、見ているのが好きだ。 「お母さん、今日はどこ行くの?」  お出かけの準備は万端とでもいうように、リュックを背負って玄関先で待っていると、早いわよと声がかかる。     
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