1. 遥かなる故郷

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 西の沖合には、博多津へ向かうであろう大船が見える。大陸へ渡る朝廷の遣いが絶って二百年以上が経とうとしているが、私的な交易は今なお盛んで、博多津は宋との交易で栄える大都市なのだ。  博多津から都へ交易の品々を運ぶ船が、大島に立ち寄る。大島の湊にはこの国の船だけではなく、赤い異国の船もたくさん繋留されており、人夫たちの唐(から)ことばがにぎやかに響く。宋の銭や絹織物、絵画や書籍、硯など、異国の品々を前に取引をする男たちの声が楽しげだ。  湊には干された魚や貝の濃い潮の香りが漂い、炊き屋で人夫や水夫たちに振る舞われる粥はねっとりと重たげで美味そうだ。女たちはキビキビと働き、湊は活気に満ちていた。  宗像三女神は、水夫や商人たちの崇拝を一身に集めていた。女神たちは海の神であり、航海を司る神である。女神たちの守りによって、船は無事に湊にたどり着けるのだ。  女神はまた、那津のような島の少女たちにとっても憧れの存在であった。  大島の北には馬の蹄の形をした大きな岩があり、馬蹄岩(ばていいわ)と呼ばれている。馬蹄岩は神代の昔、田心姫神が馬に乗って沖ノ島へ飛び渡ったときにできた馬の足跡だと伝えられている。那津はいつも馬上の田心姫神を思い浮かべ、うっとりするのだ。  その田心姫神がいます沖ノ島は聖なる島で、限られた神官しか立ち入ることを許されない、女人禁制の掟ある閉ざされた島である。だからこうして、大島から遥拝するよりほかはないのだ。  沖ノ島に向かって遥拝すると、那津はぐるりと目の前の風景を見渡した。
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