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与えられたものは何でもこなせていたが、よりその才能を発揮したのがピアノだった。
まるで今までにピアノを弾いた経験があるかのように、指が滑らかに動き、楽譜の読み方もすぐに覚えた。
「本当に、今までピアノの経験がないのかい?
まったく……信じられないよ。君には、天賦の才能があるとしか思えない」
ピアノ講師は目を丸くし、情熱的に指導し、積極的にコンクール参加を勧めた。
父もまた、コンクールで受賞すればスペンサー家としての名が上がると考え、ピアノ講師の考えに同意した。
僕は言われるままに、課題曲をこなした。
ピアノが特に好きというわけではなかったが、曲を弾いてる間は嫌なことを忘れられるその感覚が好きだった。
僕にはまだ、ここでの生活が夢のように思えていた。
いつか目が覚めたら、冷たく固い不潔なベッドの上で寝ているんじゃないかと怖かった。
そんな悪夢から逃れるため、必死にピアノに指を滑らせた。
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