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コリンは大皿の食事を手元の皿に取りながら、トールをちらりと見た。
「うん?ザイが気に入ったんだ」
「ひと目でか?」
「うん、ひと目でだ。こんなことってあるんだな」
トールは、目の前で、うまいうまいと食事を頬張る弟を、じっと見つめた。
「どこか、慣れていたな。あんな光景は初めてじゃないのか?」
「うん?いや、俺が見たのは、もっと雑多な光景だったな。今日行ったところはいやに静かだった」
「それは…ラクトでか?」
「うん。一度好奇心でジエナをつけたことがあるんだ。と言っても、ジエナにはお見通しだったんだけど…とにかく、付いていったら、ラクトの東地区に、あまり金を持たない者たちが固まって住んでいるところがあったんだ。ジエナはずいぶん仲良さそうにしてた」
「金を持たない者たち…」
「ああ、仕事がないんだって言ってた。与えられないのかって聞いたら、今のところは、そうだなって。数人には、王宮での仕事を世話したけど、全員には無理だって。今王宮で働いている者の仕事を奪うわけにはいかないからって、言ってた」
「仕事…」
「ああ。俺も、全員には仕事を与えることはできないけど、ヤナにぐらいは仕事を持たせてやれると思う。王宮に戻ったら、考えてみるつもりだ」
「当てがあるわけではないのか」
コリンは少し困ったように笑った。
「ジエナが考えて、これ以上はないっていうところに捩じ込むんだから、難しいだろうと思う。でも、やらずに諦めたくないんだ。ヤナには、少し不安な思いをさせるかもしれないけど、絶対見付ける」
トールは、弟の一面を見て、戸惑いを感じた。
そして、これまでジエナや弟が見ていたものを知ることがなかった自分を恥じた。
気分が沈みこむのを感じながら、食事に箸を付けた。
そんなトールを見て、コリンは言った。
「トールは、今、父上と、大勢の者たちが仕事を得るための事業をしているんだろう?俺も、やりたいな」
トールは顔をあげて、コリンを見た。
「あれは、確かに、そうとも言えるが…そんな捉え方もできるのか…」
トールにとって、コリンの言っている事業…彩石の採石事業は、国の財政を立て直すための事業だった。
そこには労働者が必要ではあったが、彼らひとりひとりの生活を考えたものではなかった。
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