6人が本棚に入れています
本棚に追加
トールは、目当ての分量を手に入れた伉儷が、左右を指差しながら建物の外へ出て行くのを見て、気になったが、そのとき、耳慣れた声に名を呼ばれた。
「トール!」
振り返ると、大きく手を振るコリンの隣で、ジエナが手招きした。
近寄って朝の挨拶を交わすと、ジエナが早速言った。
「そこの口のでかい魚を買おうとしているところだ。今、交渉して800ディナリまで下げた。600まで下げようと思うんだが、どうだ、できるか?」
「そんなこと」
しなくても、と続けようとする弟の口を覆って、ジエナはこっそり耳打ちした。
「ここじゃ値段を下げるのが当たり前。交渉の仕方を覚えろ」
トールは、その声音に本気を感じ取り、大きく頷いた。
「600ディナリでどうだ!」
店主は目を丸くして大きく体を動かした。
「お客さん、それはないよ、せめて770」
「む。そんなものなのか…」
諦めようとするトールを、ジエナが身振りで制した。
「いや!750ディナリ出そう!」
「売った!」
ありがとうございますと言って、店主はすばやく魚を手提げ袋に入れた。
ハンザが金を支払い、ジエナはその店主の区画から離れながら笑って言った。
「750はないだろう。700までは落としても店の儲けになる」
「しかし、儲けさせてやらないと」
「お前があの魚を600ディナリまで落とせたら、ほかの魚を高い値段で買うつもりだった。あの主にはその方が儲けの総額は高かったんだ」
「なんと。その気なら言ってくれたらいいのに」
「あの主が風の者なら、筒抜けだろう…ちょうどいい、あれを見てみろ」
ジエナが立ち止まって示した先には、肉付きのいい女がいて、魚の入った籠を両手に持つ店主と交渉していた。
「そっちの魚とこっちの魚を合わせて買ってあげる!だからまとめて1000ディナリにしてよ!」
「ええー、1000ディナリですか」
「いいじゃないのよ、べッツラなんて臭みのある魚、私でもなければそんなに大量買いしないでしょ!ぬめりがあって調理も面倒だし!」
「いや、参ったな…分かりました、まとめて1000ディナリにしましょう」
「やった!」
女は跳び上がって喜んで、隣の連れ合いの袖を引いた。
「ああやるんだ」
ジエナがそう言って、その店主の前の品揃えを見て続けた。
「トール、あの魚を500ディナリにしてみろ。ほかの魚を使っても構わん」
トールは頷いて、店主に声をかけた。
最初のコメントを投稿しよう!