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「双眼鏡ではないでしょうか。左右にあります。でもあちら側は海しかありませんね」
そのうち娘が飽きたのか、右舷側の装置の前には誰もいなくなった。
「見てみる」
トールはそう言って立ち上がり、装置のところに行って見ると、ルゼナのいう通り遠くを眺めるための双眼鏡だった。
動かせる方向は限られていて、トールは、行き過ぎるカザフィスの大地を眺めた。
そこには断崖があり、その上には荒野が広がっていた。
「この地に緑を植えるのか…」
トールは呟いた。
それはどんな景色となるだろう。
いや、どんな景色とするべきだろうか。
「ルゼナはどんなカザフィスがいい?」
ルゼナは不意を突かれたように目を見開き、それからトールを見て、広大な大地を見た。
「他から与えられてその通りにするのではない姿を望みます。もっと言えば、今のこの姿が、得難いと思っています」
「荒野がか?」
トールが双眼鏡から顔を上げて振り返ると、ルゼナは頷いた。
「その荒野がひとを作ったのです」
トールは、双眼鏡に頼らず荒野を眺めた。
確かに、この地でなければないものもあるだろう。
「だが…何もないことで、失うものが多いのではないか」
「ええ。それでもひとは強くある。それがこの国だと思います」
トールは考えた。
失いながらでなければ得られない国。
「私は…それではいやだ」
「それでこそ、国を動かす者」
ルゼナは言った。
「私のような考えでは、国は動かない。飢える者は助けない。国は滅びに向かうだけだ。あなたは、あなたの考えでいいんです」
ルゼナは言葉を切って、続けた。
「…ただ、思い出してください。この国の強さを。それこそが、この国の誇りであり、今後の力となる」
ここまで耐えて、ひとつひとつを作ってきた。
その強さ。
トールは唇を引き結んだ。
もっともっと知らなければ。
「部屋に戻る」
「はい」
トールは早足で部屋に戻ると、ハルト港の案内図を取り出した。
港に垂直に3本の大きな通りがあり、そのうちの1本はムーリエに向けて続いており、2本は町のなかで終わっている。
案内によれば、中央の通りには大量に仕入れることが前提の店が並んでおり、少量の買い物はしにくいだろうと書かれてあった。
勧めてあるのは、東通りの店で、こちらには単品の買い物客が多いので、店側も準備があるとのこと。
トールは考えた。
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