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今日は繊(せん)の日だ。
朏(ひ)、半(はん)、藁(こう)、円(えん)の日を挟んで、暁の日に出迎え、朔(さく)の日から王女を連れて各地を見て回って帰るとなると、2週間は王都を空けることになる。
ほんの1日、見てくるだけでよかったのだがと、戸惑いながら口を開く。
「しかしそうなると1日や2日では戻れませんが…」
「かまわん。ジエナをニルフィ港から直接戻すからな」
はあ、と、トールは返事ともつかない音を出した。
「そうと決まれば、何をしている、早く支度をして行け。シェナまで遠いぞ」
「はい。失礼します」
急かされて部屋を出て、トールは歩きながら首を傾げた。
何か忘れているような気がするのだ。
何だったろうかと考えて、はっと思い出した。
父の逃走癖だ。
いや、最近はないのだが、幼い頃からの母の口癖が思い出されてならないのだ。
『お父様にも困ったものねえ…』
仕方なさそうに笑う母。
あたふたと走り回る大人たち。
幼心に、父は周りを困らせているのだと刻み込まれたのか、たまに父が出掛けると、ぴりりと逆立つものがあるのだ。
トールは、こめかみを揉んで、いつの間にか止めていた歩みを自室へと進めた。
気にしすぎるのには、もうひとつ原因がある。
ジエナの放浪癖だ。
今回も、東隣国アルシュファイド王国に行くと言って出掛けたのに、そのまま南方のシャスティマ連邦に足を向けたかと思うと、今は南西隣国サールーン王国にいる。
最近のジエナの働きぶりを見ていると、ただの遊びではないのだろうとも思えるのだが、国を空けているのは事実。
だからこそ、自分がふたりを見張っていなければ、と思うのだ。
だが、そうと気負うのもそろそろ終わりにしなければ。
父も兄も変わったのだ。
幼い頃の思い込みに囚われて、信じる心を失ってはいけない。
これはいい機会なのかもしれない。
トールはそう思い、顔をあげた。
父や兄の元を離れ、王宮の外の世界をじかに見る。
父たちが惹かれたものが何か、判るかもしれない。
そんな期待をちらりと持って、トールは自室の扉を開けた。
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