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―Ⅱ―
カザフィス王国は見渡す限り荒野の国だ。
寒暖差はあまりないが、時折小さな雪が舞うこともある。
そんななかに栄える都シェナに、王都ラクトを出たトールとコリンたち一行が着いたのは、陽が落ちてしばらく経った頃。
街には、道に飛び出た店の灯りに誘われるように、人々が多く行き交っていた。
中心部に向かって坂を上り、上等な宿のひとつに入って汗を流す。
夕食まで、手持ち無沙汰になったトールは、部屋を出て、従者とふたり、街に出た。
宿に面した通りには目立った店はなく、先ほど上がってきた通りに比べると、通りすぎる人はずっと少ない。
ずいぶん人通りが少ないのだなと言うと、この辺りは高級地ですから、と従者ルゼナ・フィリッツが返した。
「シェナは中心部に金持ちが集まった街なんです。土地の値段が高いので、商売も高額なものを扱っています。そんなものを買う客は少ない。自然、人通りは少なくなります」
「高額なものとは?」
「土地、建物、人、食事、服、なんでもです」
「人?とは?」
「雇うのですよ。例えば護衛」
「ああ」
頷いたとき、トールは女とぶつかった。
「すまない」
そう言うトールの横からルゼナが手を伸ばして、女の肩を掴んだ。
「痛い!」
思わず悲鳴を上げる女とルゼナの行動に目を見張るトールの足元に、ぼとりと落ちるものがあった。
トールの財布だった。
拾うと、ルゼナが、この者、どうします、と言った。
「シェナには警巡隊がいます。引き渡しますか」
「警巡隊とはなんだ?」
「金持ち連中が金を出し合って雇っている、私設の犯罪者捕縛集団ですよ。刑罰も与えます」
トールは財布を持つ自分の手を見た。
そこでようやく気付いた。
自分は財布を盗まれそうになったのだ。
目を見開くトールを、女が睨みつける。
黒い瞳に黒い髪と、黒い服。
首の下に真横に伸びる筋が、痩せ細った体の線を示している。
「いかがなさいますか」
ルゼナが問いを重ねる。
「刑罰とは、どんなことだ」
「盗みであれば、鞭打ちの刑辺りでしょうか。王都ではそのようになっています」
トールは女の細い体に鞭が舞うところを想像した。
「いいや、そんなことをさせてはならない」
「ですが、罪は罪。このまま逃がせば、また同じことをするでしょう」
盗みは罪だ。
知っている。
罪とは、悲しむ者がいるということだ。
悲しい。
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