荒野の国

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トールは思った。 罪を犯す者がいることが悲しい。 「なぜこんなことをした」 「食うためさ!」 間髪を容れず、女が叫んだ。 トールは目を見開いた。 食うに困るほど貧しい者が自国にいることを初めて知った。 「では、俺と来い。食べさせてやる」 今度は女が目を見開いた。 それから、叫んだ。 「あたしじゃないよ!」 トールは何度目か、目を見開いた。 「なんと…それは誰だ?食べさせてやる」 「それはできません」 ルゼナが言った。 トールは自分より頭一つ背の高いルゼナを見上げた。 「なぜだ?」 「1人や2人の話ではないからです」 トールは考えの至らなかった自分に愕然とした。 「もっと言えば、今日食べさせてやっても、明日、明後日と食べさせてやることはできません」 体がすっと冷えていくのを、トールはどうしようもなく感じていた。 「父は…知っているのか」 「ご存じだからこそ、仕事をしておられる。それでも手の届かないことはあるのです」 トールはしばらく女を見ていた。 これが、現実。 「その者たちはどこにいる?」 トールは女に聞いた。 ルゼナは眉をひそめた。 女は探るようにトールを見つめて、言った。 「何をする気だい」 「何もしない。ただ知りたいだけだ」 「いやだね!あんたなんかにゃ何も分かりはしないさ!」 女はそう言うと、激しく身を振ってルゼナの手から逃れた。 そうして急いで駆け出していく。 トールは引き止めることもできず、追うこともできず、女を見送った。 ルゼナは、手帳に何事か書き付けると1枚破り、伝達の風に乗せた。 「行きましょう、こちらです」 ルゼナがそう言って歩き出し、促されるままトールは歩いた。 「どこに行くんだ?」 「先ほどの女を追っています」 トールは(つか)()逡巡したが、ルゼナの示す方へ進んだ。 坂を下り、賑わう街へ出ると、その奥の、静かな通りへと入っていった。 痩せ細ったニモが横切り、暗闇を見通す目でトールたちを見る。 「ここです」 ルゼナが囁き、ひとつの建物の扉を開ける。 その奥には密やかな灯りがあり、部屋を覗くと先ほどの女が2人の少年少女と小さく笑い合っていた。 一瞬後、女はトールたちに気付いて、心底驚き、それから、まなじりを大きく開いて叫んだ。 「出てけー!!」 少年が、自分の体半分ほどの少女を抱きかかえ、女がトールたちに掴みかかってきた。
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