1:オメガの花嫁と記憶喪失男

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 息を吐いた直後に襖の向こうから男の声が聞こえてびくっと肩が震える。襖に窓が付いている訳も無いので向こうから僕の姿は見えないのに慌ててぶんぶんと手を横に振って、 「いえっ、大丈夫、です」  と何とか声を出す。それだけでどっと疲れを感じていると襖越しに言葉を掛けられた。 「まだ式まで時間はあるから、焦らなくて大丈夫だから」  今日の式は全て自分の側で仕切っているのだから僕の着付けが終わっていることは知っているはずだ。それなのに何を手伝いに来たのだろう。時間はあると言われてもその時間ですることなんて何も無いのに焦るなとはどういう意味なんだろう。  とりあえず気を遣っているような言葉を掛けておくのが大人のビジネスマナーというやつなんだろうか。  どう返事をしたらいいのか分からなくて黙っていると襖の向こうから男に声を掛ける女性の声が聞こえてきて、男はそれに返事をするとここを離れた。  なんとかの、なんとか社長がお見えになりました。僕は聞きなれない言葉だったから聞いた直後には忘れてしまったけれど彼が言われたのはそんな言葉。きっと偉い人が来たから出迎えに行ったんだろうな。  襖の前に移動し、その片側だけを横に引いて隙間を開けて顔を出し彼らの後ろ姿を見る。先頭を歩く男。それに付き従うように三人の女性が男の後ろを歩いている。もはや驚くこともない見慣れた光景。     
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