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その先に見る、
玄関で、鞄を抱えなおした。
今日という日が来るのを、私はずっと、望んでいたのではないかと思う。
三年前。
最期の入院の最中、その日はとうとう、起き上がることのないまま「いってらっしゃい」と痩せ細った手を振るだけだった。
最初は病院の玄関まで。そのあと、エレベーターの乗り場、病室の入り口までと、見送りの距離は短くなった。
病室の中には、たくさんの人が集まっている。単身赴任中の父も、結婚して遠方で暮らす兄も、叔母も、従妹も、祖母も。生きている親戚は殆ど、召集されていた。
もうすぐ、私の母は死ぬ。
その余命宣告を受けたのは、私ひとりだった。
医者の余命宣告は、ドラマの中で見るよりも、現実はもっと残酷だった。
「今ね、この瞬間に突然死んでも、不思議じゃないくらい、ぎりぎりの状態なの」
柳原先生が張り付けたような柔和な顔で、残酷なことをさらりと告げる。
「本人に、伝えるかい?」
その言葉に、母との旅行の予定を話していた。一週間後に、二人旅。宿も、航空券も、ぜんぶ手配し終えていた。休みも確保していた。
最後の旅行になるんだろうね、と母が嬉しそうに笑っていたのを思い出す。
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