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結婚式を明日に控えたというのに三春(みはる)は全く眠りそうにない。ベッドにうつ伏せになってにやにやとスマートフォンの画面を眺めている。航一(こういち)は三春の緩んだ顔を見ながらメビウスの煙ともに溜息をついた。
神戸旅行から約一年。東京のとあるマンション。
相談のうえ航一は実家を、三春は姉たちと暮らしていた部屋を出て三カ月前から同棲を始めている。その理由は二つある。
一つ目は距離だ。新潟と東京という遠距離恋愛は三十半ばを過ぎた航一にはどうもまどろっこしい。頑張っても月に二、三回しか会えないし、加えて新幹線代もばかにならない。どうせお金がかかるなら三春とのデートに使いたいというのが本音だ。
二つ目はリスク回避だ。
もし三春が東京を離れて実家の米田酒造を手伝ってくれるとしても、万がいち、会社が傾いて倒産でもしたら、航一をはじめ一族全員が路頭に迷う可能性がある。そうしたら三春も自分もおじゃんである。
それは大変困るので、三春には家業と全く関係のない所で働いてもらいたかった。しかし朽古志のような田舎には〈ホース〉みたいな特殊な飲み屋はめったに無い。なので、三春が辞めるよりも、いちおう手に職がある自分が東京に出てきた方が合理的だったのである。
(まあかなり生々しい理由だけど、結果オーライってことで)
航一は自分の隣でぴょこぴょこと動く円(まる)いお尻を見ながら思う。
ちなみに、両親に相談したら、
――おれたちはまだ現役だから心配すんな。でも優二の代になった時は、帰って来てくれると助かる。
と言われた。親孝行をするつもりで戻ってきたのだけど、なかなかタイミングが合わないものだ。
というわけで航一はいま三春と暮らしている。たまにけんかもするが同棲はおおむね順調だ。
(最初の頃は、俺の仕事を調整するのが大変だったけどな)
航一はこれまで三足の草鞋(わらじ)状態だった。けれども今は米田酒造の仕事を減らし、ライターの仕事を増やしている。あと商工会青年部の方は何かある度に朽古志に帰っていた。
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