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お手洗いに寄って戻るとすでに会計を終えた航一はいなかった。外に出ると、数メートル離れた先で背を向けて電話していた。近寄ると興奮したような声が聞こえくる。
聞いちゃ悪いかな、と思いながらも耳を澄ませた。
「ぴったりの男を見つけたよ。絶対上手くいく。これからは伝統より革新なんだ」
一瞬で足が氷柱になり地面と繋がったみたいに動けなくなった。
気配に気づいたのか航一が振り返った。
見開いた瞳が揺れ、口元には笑みの残滓がくっきりついていた。
「仕事の話。行こう」
電話を切り急いでポケットに仕舞うと、正面を向き航一はそのまま歩き出した。耳の裏側が赤みの抜けた色をしていた。
冷気を纏った風が吹き付け更に体温を下げていった。
(続く)
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