覗き魔【其の三】

3/3
前へ
/8ページ
次へ
 隣の宴会場から笑い声が聞こえ、岡部の聞き慣れた声、男にしては高めの声が恥ずかしそうに「もうやめて下さい」と言うのが聞こえた。  吉田は飯場の手を引いて、御膳の前の座布団に座らせた。 「幸次郎くんも心配でしょ?」  囁き声で言いながら首を傾げ、少し不満げに唇を尖らせる。  普段は大人っぽいのにこういう時は悪戯っ子のようだ。 「覗き見するのは別の話」  抱き寄せてなだめるように頭を撫でた。  飯場は素直に吉田の肩にもたれて、それでも襖の方に意識を向けていた。 「岡部くんが泣いてないか気にならない?」 「大丈夫。褒められてる」  酔っ払いの声はよく聞こえる。 「岡部くんの作る人形、プロ級だよね…」  ぼんやりとした声に飯場の顔を覗き込む。  穏やかな顔は薄く微笑んで見える。口角の上がった唇のせいだ。  でも本当は嫉妬の感情を抑えているのだろう。 「淳さんのだって凄いよ」 「僕はあんな可愛いの作れない」  ぶすっとする。  吉田はくすりと笑って飯場を両腕で抱きしめた。 「穂積先輩、それは言わないで下さい!!」  岡部が珍しく強い口調で言うのが聞こえて二人は顔を見合わせ、再び襖ににじり寄った。 「写真部の文句たれ君・吉本がブー、剣道部の汗かき君・古川がフー、で美術部の困った君・岡部がウー」 「もう僕の話は終わりにして皆さんのこと聞かせて下さいよぅ」 「まぁ。こないだの3人?」  飯場は目を丸くした。 「うううっ」っと岡部の呻きが聴こえた。 「ほら、それだからウー君って言われちゃうのよ」  弾けるようにどっと笑いがおきる。  吉田は怒りで震えた。小玉も笑っているのが許せない。 「あのハゲ、ぶっ殺す」  思わず襖を開けようとして、飯場が身体で遮った。 「幸次郎くん、また小玉くんを虐めるつもり?」  飯場の顔が強張り妖しい笑みを浮かべていた。 「小玉くんを無理矢理引っ張り出したのは君でしょう?」  そういってから唇を寄せてくる。 「君が虐めて良いのは…僕だけ…」 「淳さん、ここじゃダメだよ」  唇の触れそうな位置で囁き合い、唇から逃れようとして押し倒された。  襖を隔てたすぐそこに友人・同僚がいる。  背徳感に止めなければと思うのに、身体は素直だ。  飯場に翻弄されるままに、吉田は声を堪えながらたぎる思いを放出させたのだった。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加