◇ 第一話 篠宮啓悟 ◇

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◇ 第一話 篠宮啓悟 ◇

 微かなエンジン音だけが響く車内の後部座席に体を預け、篠宮啓悟(しのみやけいご)はちらりと窓の外に視線を走らせた。  休日の夕方ということもあって歩道を歩く人の数は多く、外は結構な喧騒で溢れているはずだが、窓を一枚隔てただけだというのに騒がしさは一切感じられない。都内では珍しくもない車種ではあるが、一般的に高級車と呼ばれる部類の車である。  そんな車内の中、小さく息を吐けば運転席から秘書である多田誠(ただまこと)が話しかけてきた。 「お疲れですか?」  休日という事で実家に呼び出された啓悟の前に両親が差し出した見合い写真の数を知っている多田は、苦笑交じりだ。 「いや、疲れたわけじゃない」 「左様ですか」  山と積み上げられた写真の表紙を一枚とて開くこともなく、啓悟は丁重に話を断ってきた帰りである。 「なあ、多田」 「はい」  景色を見るのにも飽きて、目を閉じたまま啓悟が名を呼べば、静かに返事が返ってくる。 「そういやお前、結婚してたよな?」 「一応は」 「なんだよ一応って」 「社長とは年齢が違いますから」 「まぁな」  啓悟は現在二十歳。多田は三十五歳。十五の年の差は確かに大きいかもしれない。 「二十歳の時は独身でした」  多田がバックミラー越しにこちらの顔を伺っているであろうことは分かっているが、啓悟は目を閉じたまま質問を重ねる。 「彼女は?」 「いましたよ」 「女に興味がない…、って言ったらどうする?」 「知ってます」  シレッと言い放つ多田を、目を開けた啓悟はミラー越しに睨んだ。が、睨まれていることなど全く気にした様子もなく、多田が言う。 「ご両親も心配なんじゃないですか?」 「何を?」  まったく心配される謂れはないとばかりに応える啓悟に、多田が苦笑を漏らす。 「二十歳にもなって浮いた話の一つもなければ、そりゃねぇ…」 「別にモテなかねぇよ」  正直なところ、啓悟とお近付きになりたい女性は大勢いる事だろう。百八十近い長身と、整った顔立ち、家柄も申し分なく、本人も起業している。ただ、女性に興味がない。 「でもそれ、ご両親は知りませんよね」  些かふてくされたように啓悟が答えようとも、多田は動じない。 「いい加減、カミングアウトしたらどうです?」 「相手がいない」 「いきなり相手を連れてこられる方がご両親も驚かれるでしょうに…」 「相手がいなきゃただの逃げ口上だと思われるのがオチだろ」 「そうですかねぇ…」  秘書という肩書ではあるが、起業当時より付き合いのある多田は、啓悟の性癖についても知っていた。  このところ実家に呼び出される度に見合いの話を持ち掛けられてうんざりしている啓悟は、溜息をつくと流れる景色を見やった。と、そこに知った顔をみつける。 「多田、ストップ」 「はい?」 「ちょっと車停めろ」  窓に張り付いて後ろを振り返る啓悟の姿に溜息をつきつつ、多田は車を路肩に寄せた。 「待っとけ」 「わかりましたが、お早めに」 「わかってる」  言うが早いかさっさと車から降りて走り出す啓悟の後ろ姿を、多田は苦笑交じりに見送った。  啓悟の視界は、ゆっくりと歩道を歩く一人の男をしっかりと補足していた。 「藤堂…っ」  手を伸ばせば届く距離まで近づいたところで啓悟が男の名を呼べば、長身の男が訝し気に振り向いた。 「啓悟さん?」  藤堂と呼ばれた男が驚くのも無理はない。何と言っても、啓悟は男の務める会社の会長の息子である。 「どうしてこんなところに?」 「いや、お前を見かけたから」  啓悟の台詞に一瞬だけ間をおいて、藤堂学(とうどうまなぶ)は思わずといった様子で笑った。 「ふっ、それでお前、走って追いかけてきたのか」 「っ、そ…だけど」  突然普段通りの言葉遣いで言われ、啓悟の心臓が跳ねる。 「それで? 多田を困らせてる訳だな?」 「別にっ、困らせて…ねぇし」  急激に熱を持ち始めた頬を隠すように啓悟が俯く。 「急に車停めさせたんだろう?」 「そぅ…だけど…」  言われてみれば子供っぽいことをしてしまったという自覚が沸きあがってきて、啓悟はますます俯いた。 「まぁ、せっかく追いかけてきてくれたんだ、ついでに送っていけよ」  そう言って藤堂は啓悟の頭を軽く小突いた。  啓悟が案内するまでもなく黒塗りの高級車を視界に認め、藤堂はさっさと歩を進めていく。 「今日は休みか?」 「ああ。お前はどうなんだ? 少しは休めてるか?」  話ながら歩く二人をすれ違う女性たちがちらちらと振り返る。年齢こそ違えど、どちらも端正な顔立ちと長身の二人には華があった。 「休みだけど…」  言いかけたところで車に辿り着いてしまい、啓悟はその先の言葉を飲み込んだ。  勝手知ったように車のドアを開けて乗り込んでしまう藤堂の後を、啓悟が追う。 「よう、久し振りだな」  乗り込みながら運転席に声をかけると、藤堂の姿を認めた多田が苦笑した。 「ああ、どうりで必死に追いかけた訳だ…」 「ん? 必死…」 「うるさい多田」  多田の言葉に首をかしげる藤堂をさえぎって、啓悟が些か乱暴にドアを閉める。  先に乗り込んだ藤堂の隣に啓悟が座ったのをミラー越しに確認し、多田は車をスタートさせた。  交通量の多い道に危なげなく車を合流させた多田は、藤堂と二人で話している。 「そういえば多田、絵美ちゃんはいくつになった?」 「3歳。可愛いぞー?」  やがて話題が多田の娘の絵美の話になると、多田の口調が弾んだ。 「すっかりお前も親父だな」  窓の外を眺めながら年長者二人の会話を聞いている啓悟の横で、藤堂が穏やかに笑う。 「そうか、嫁さんも絵美ちゃんも元気ならいいんだ」 「由美も絵美も元気だよ」  藤堂と多田は、幼馴染だ。幼稚園から大学まで同じという腐れ縁で、啓悟が起業の際に秘書を探していると言ったら、藤堂に紹介されたのが多田だった。  元々多田は、大学卒業後小さな弁護士事務所に勤めていたと聞いている。本人も弁護士の資格を有していて、起業の際には色々と助けてもらった経緯がある。  藤堂はと言えば、大学卒業後に啓悟の父親が一代で大きくした篠宮コーポレーションに入社、今では会社を任されるまでになっていた。 「結婚か…」  子供の話題に、啓悟が呟くと、不意に静寂が車内を支配した。 「え? なに?」  唐突に訪れた静寂に、慌てたように啓悟が呟けば、真顔で藤堂が手を伸ばしてくる。 「どうした? 熱でもあるのか?」 「っ、熱なんかねぇよ…っ」  額に触れられ、慌てて藤堂の手を振り払う。 「てか、なんで俺が結婚って言っただけでそんな反応になるんだよお前ら」  噛みつくように啓悟が言えば、ミラー越しに視線を合わせた二人が真顔で言う。 「そりゃあねぇ…」 「だってお前、ゲイだろ?」  無遠慮な年長者二人の台詞に、怒りを通り越して呆れるしかない。 「てかお前、女と付き合ったことあるのか?」 「学、それはさすがに言いすぎだろ」 「お前らホント、下世話な話が好きだよな…」  呆れたように啓悟が呟く。 「別に、お前に興味があるだけだ」 「は!? 興味って…なに言ってんの、馬鹿じゃね…っ」  何の気なしに藤堂の口から洩れた言葉に、啓悟の心臓が暴れ出す。 「あー…はいはい。口説くなら二人きりでやれよ」 「はぁ!? 多田まで何言ってんの!? 口説くとか…っ、馬鹿か…っ」  バクバクと暴れ出す心臓の音が、隣の藤堂に聞こえてしまいはしないかと、啓悟の声が不自然に大きくなる。が、そんなことはお構いなく、言い放った多田は運転席と後部座席を隔てるシェルターをさっさと引き上げてしまった。 「って、お前も何とか言えよ…とうど…っん」  啓悟の抗議の声は、唇を塞がれ途切れた。 「んっ!? …んー…っ」 「お前、少し黙ってろ」  僅かに離された唇の隙間から、掠れた低音で囁かれる。  キスされているのだと気付いて、啓悟は思い切り藤堂の胸を押し返そうとしたが、藤堂は離してはくれなかった。  傍若無人に舌で口中を弄られる。歯列をなぞり、舌を吸い上げ、時折噛みつくように呼吸を奪われて、啓悟はいつの間にか抵抗する気力を失った。 「っ…ふ、…ぁ」  ようやく解放された時にはもう、藤堂の支えがなくては崩れ落ちてしまいそうで…。 「お前、わかりやすすぎ」 「…っ」  喉の奥で笑うような声に、啓悟の肩がピクリと震える。気持ちを知られていて、遊ばれたのだと思うと悔しくて、悲しくて、目の奥がツンと痛くなった。  なけなしの力で押し返そうと伸ばした腕を捉えられ、逆に胸に抱きしめられてしまう。 「っ、なん…で…」  今にも泣き叫んでしまいたい気持ちを抑えて、啓悟は声を絞り出した。 「な…っで、こんなこと…すんだよ…っ」  馬鹿にするなと、そう言ってやりたいのに、声が出ない。代わりに、啓悟の口からは嗚咽が漏れる。 「何で…って、お前が好きだから」 「だからなんで…っ、ぅえ?」 「聞こえなかったのか?」  呆れたように呟かれ、啓悟は慌てる。 「き…こえた…けど…、ぇ…ウソだ…」  藤堂の胸に顔を埋めたまま啓悟が呟けば、少しだけむっとしたような声が降ってきた。 「嘘だと?」  混乱しているうえに恥ずかしさに顔など見られるはずもないのに、藤堂によって引き離された上に顔を覗き込まれる。 「俺が好きでもない奴にキスするとでも?」  夕闇で暗くなった車内の中、至近距離で藤堂の視線に射抜かれる。目を逸らすことも、顔をそむけることも適わなくて、啓悟は涙でぼやけた視界で藤堂の顔を見つめた。 「どうした? 答えろよ、啓悟」  啓悟。と、そう名前を呼ばれただけで、体中の血液が沸騰しそうなほど熱くなる。 「おも…ぃたくな…ぃ」  本心からそう答えれば、藤堂の顔がふっと緩んだ。 「好きだ」  からかうでもなく、ごく自然に紡がれた一言に、啓悟の目からまた涙が溢れる。 「ぉれ、も…、好き…」  啓悟が言えば、藤堂は優しく抱きしめてくれた。そのまま、何度も啄むようにキスをされる。  やがて啓悟の服をたくし上げ、大きな手が腹筋の筋を撫で上げた。 「っん、…ぁ」  自然と小さな声が漏れる。  腹筋から鳩尾を辿り、胸の小さな突起を指が掠め、鎖骨を滑る。ただ、触られているだけで、そこから火傷してしまいそうなほど体が熱を持ち始める。 「ずいぶん敏感だな」 「っ、と…どうこそ…、なんでそんなに、慣れて…っだよ」  男を抱くことに慣れていることが悔しくて、啓悟が絞り出すように言えば、耳に息を吹き込まれた。 「処理以外で男を抱くのは、お前が初めてだけどな」  言いながら胸の突起を摘み上げ、指先でしこりの先を押し潰される。 「っあ、ぁ、んっ、ゃあ…」  あっという間に、啓悟は半裸にされ、シートの上に横たえられた。そのまま藤堂の腕の中に抱き込まれ、唇を奪われる。  その間も胸の飾りを捏ねられ、摘み上げられ、啓悟の体はその度に小さく跳ねた。  体中が熱くて、啓悟の下肢が揺れる。未だ触られることなく熱だけが集中していくそこがもどかしくて、無意識に太腿を擦り合わせた。 「触ってほしいか?」 「ん…、さ…わってぇ…」  ぐずぐずに溶けた思考が、恥も外聞もない言葉を紡がせる。快楽に忠実な欲望は、自制を飲み込んでゆく。 「どこをどう、触ってほしい?」  くつくつと喉の奥で楽しそうに笑いながら藤堂に問いかけられて、なけなしの理性が恥ずかしさに顔を背ける。 「ほら、啓悟? 言えよ」 「ぅ…っあ、し…た、も…っ、触って…ほし…っ」 「いい子だ」  ご褒美だとでも言うように、髪を撫で梳かれ、唇にキスを落とされる。  その隙にベルトを抜き取られ、いつの間にか露わにされた下肢を無造作に握り込まれる。突然の刺激に啓悟の体が大きく跳ね、同時に藤堂の手の中で体液を放った。 「んあああっ、あ、っあ、っは…ぅ」 「早いな?」 「ぁ、だ…って…」  啓悟が恥ずかしさに顔を覆うと、膝が胸につくほど脚をもちあげられた。あられもない恰好をさせられていることに、羞恥と共に新たな欲望が体を渦巻いていく。 「絶景」  奥の窄まりにふっと吐息をかけられて、藤堂がどこを見ているのかをまざまざと知らされる。 「ぃや…だ…、とぅど…、みなぃ…で…」  恥ずかしさに懇願が漏れる。が、啓悟の願いは叶うどころか、水音とともに窄まりをざらりと舐め上げられる感触に打ち砕かれた。 「ひぁ、だっめ…っ、そ…んな、きたな…からっ」  強引に体を起こそうとした啓悟に、顔を上げた藤堂は耳元に口を寄せた。 「そのまま、突っ込まれたいのか?」  言うと同時に窄まりに熱いものをあてがわれ、啓悟の体が竦む。裂けるかもしれないという恐怖と、それでも今すぐに欲しいという欲望がせめぎ合う。 「ぁ…だ…め…」  じりじりと圧力を増す熱さに、本能的に逃げを打つ。だが、広いとはいえ車の中では逃げる場所もない。 「慣らされるのは、嫌なんだろう?」  耳元で囁かれる藤堂の声は、妙な色気と迫力があって…。 「ぉね…が…、舐めて…くださ…ぃ」  啓悟は懇願と共に泣きじゃくった。 「よくできました」  満足げにほほ笑んだ藤堂に再び足を押し曲げられ、啓悟は息を詰めた。既に外は暗く、時折ネオンの光が差し込むだけの車内でも、至近から秘部を見られる羞恥に顔が熱くなる。  ぴちゃりと、小さな水音がやけに響いて、奥の窄まりに弾力のある感触が触れた。 「っふ、ぁ、はっ、く、…っん、ぃ…ぃ」  死にそうなくらい恥ずかしいと思うのに、ひたひたと窄まりを舐め上げられ、広げられてゆく快感に再び思考が溶け始める。  やがて数本の指を飲み込まされる頃には、啓悟の理性など残ってはいなかった。 「っあ、とぅどぉ…、もぅ、挿れ…て…欲し…ぃ」 「何を、どこに、挿れて欲しいんだ? ちゃんと言えたら、その通りにしてやるよ」 「俺…の、ぅしろ…に、と…どぅの…挿れて…っ」  言いながら啓悟が縋り付くと、藤堂の熱が窄まりにあてがわれた。望んだ熱が与えられる喜びに、啓悟がほっと息を吐いた瞬間に、柔らかくなった肉壁を押し開いて熱が侵入を果たした。 「あっ、あ…ああっ、あつ…ぃ」  圧倒的な熱と質量に侵入され苦しいはずなのに、それを上回る快楽を体が追い求める。 「くっ、きついな」 「はっ、ぁ、とぅど…ぉ、気持ち…ぃ」  奥まで入り込んだ熱塊に肉壁を抉られる度、意識せず体がビクビクと跳ねる。激しすぎる快楽に翻弄される啓悟の眦から生理的な涙が零れ落ちた。 「泣くほど気持ちいのか?」 「あっは、いいっ、気持ち…いっ、あ、ぅうん…っ」 「自分から腰振って、いやらしいヤツだな」 「ぅあ、…あっ、ちがぁ…」 「何が違う? 気持ちいいんだろ? これが…っ」 「ひああああっ! あっく、ぃ…ひっ」  奥まで飲み込んでいたと思っていた剛直で最奥を突き上げられて、頭の中が弾ける。強烈な快楽に硬直した体を持ち上げられ、啓悟は自重でさらに奥深くまで剛直を飲み込まされる。  そのまま容赦なく突き上げられて、意識ごと吹き飛びそうになる。 「ひぐっ、あっ、とっど…、らめぇ…、それっ、らめえぇええ…っ」 「はっ、良い、のっ、間違い…、だろっ」 「いあっ、らめっ、いっちゃ…、もっ、いっちゃう…からっ」  突き上げられるたびに声が途切れ、自分でも何を口走っているのかすらわからなくなる。車の中で、しかも前には多田もいるというのに、そんなことも忘れて啓悟は嬌声を張り上げた。 「イけよ、いくらでも、何度でも」 「んはぁ、あっ、あっ、いくっ、いって…あああァ…っ」  啓悟の屹立から白濁した液体が飛び散ると、車内に生々しい空気が充満する。それでも、藤堂の突き上げは止むことなく啓悟の肉筒を容赦なく擦り上げた。  やがて藤堂が啓悟の裡に欲望を注ぎ込む頃には、啓悟の意識は失われていた。 「あーあー…また派手にやらかしたなぁおい」  ドアの開口部に手をかけ、後部座席を覗き込んだ多田が苦笑と共に漏らす。  意識のない啓悟の体にはお情け程度の布地が掛けられているが、藤堂はなんら隠すこともなくシートに身を預け煙草をふかしていた。 「いつまで覗いてる。金取るぞ」 「はぁー…お前ねぇ、どうすんのこれ」 「始末するさ」  不遜な態度で吐き捨てる幼馴染に、多田は呆れるしかない。かと言って、この幼馴染の性格が変わらないことは既に十分承知しているつもりだ。 「ほんっと、そういう所、昔から変わってないよな」 「お前が黙ってる限り、誰も知らんさ」  唇を歪めて言う藤堂の目は、笑ってはいない。 「あまり舐めてると、痛い目みるかもよー? 特にうちの社長はな」  多田はそれだけを告げるとドアを閉めた。  再び二人きりになった後部座席で、藤堂は啓悟の髪を撫でる。 「舐めてると…か。くくっ、本気だって言ったら、さすがのあいつも驚くんだろうな。なぁ、啓悟?」  藤堂は気を失うようにして眠る啓悟の額に口づけを落とした。 「信じらんねぇ!! 車一台処分するって、お前何様だよ!? てかこれ俺の車だし!」  啓悟の所有する別荘の寝室に、怒声が響き渡る。観光地と言っても土地も広く、隣近所などない為に騒音で怒られる事はないが、それでも外にはしっかり聞こえているだろう声量ではある。 「なら、お前はそのままあの車に乗れるのか?」 「っぐ」  シレッと藤堂に言い返されて、啓悟は言葉に詰まる。  啓悟が目を覚ました時には、しっかりと体は清められ、着替えさせられてここのベッドに寝かされていた。  誰が後始末をしたかなど決まっているが、気を失うほど攻め続けたのだから当然だと啓悟は思う事にした。 「そもそも車であんなことするのが悪いんじゃねーかよ」 「お前だって乗り気だったろう? 気持ちよくなかったとは言わせないぞ」 「そっ、れは…っ」  反論しようにも気持ちよくなったことは確かな訳で、啓悟は言い返す言葉を失った。そのうえ車内での情事を思い出し、顔を赤くする。 「どうした? そんなに顔を赤らめて、もしかして思い出して恥ずかしくでもなったのか?」  にやにやとからかうように藤堂が笑う。 「ともあれ、同じ車を俺が用意する。それでいいだろう」 「ファミリーカーじゃねーんだぞ」 「お前の生い立ちでその金銭感覚には感心するが、それとこれとは別だ」 「わかった。じゃあ二度と車でしないって今ここで誓え。そしたらその条件飲んでやる」  二度と同じ過ちはしないと釘を刺しておこうと言い放つ啓悟だが、藤堂は反省の色もない。 「お前が誘惑しなければとしか答えようがないな」 「はぁ!? 俺のせいだって言うのかよ!?」 「もちろん。そもそも誘惑もされずに男が勃つと思うか? お前だって男なんだからそれくらいわかるだろう」  何を言っているとばかりに鼻で笑う藤堂に、啓悟はがっくりと項垂れた。 「百歩譲って俺が誘惑したとしてもだ! 先にキスしたのはお前だろ!?」 「キスして欲しそうな顔をしていたからしただけだ。好きな奴を甘やかして何が悪い?」  これ以上何を言っても無駄だと思うものの、啓悟はどうしても納得がいかない。そもそも藤堂の言い分からすれば、すべて啓悟が悪いような言い方ではないか。 「…キス禁止」 「は?」 「キス禁止!!」  吐き捨てるように叫んで、啓悟はベッドに潜り込んだ。むしろそういう行動こそが藤堂に誘惑していると言わしめていることになど、本人は気付いてもいない。  ふてくされたようにベッドの中でもそもそと動く啓悟の塊に、藤堂は苦笑を漏らす。藤堂からすれば、これで襲うなという方が無理な話だ。  だがしかし、先ほどまで無理をさせていた自覚もある。藤堂は啓悟に気付かれぬように溜息を吐くと、ベッドから立ち上がった。 「そろそろ食料が届く。飯でも作っておくから適当に降りてこい」  そう言い残して部屋を出ていく気配に、啓悟はドアの閉まったことを確認して掛布から顔を出した。  降りてこいと藤堂は言うが、正直立ち上がれるかどうかすら不安である。恐る恐るベッドの上に体を起こすと、啓悟はゆっくりとベッドから足を下ろした。  ギシリと、腰のあたりに鈍痛を感じ、顔をしかめる。  ―――まったく、がっつきすぎだっつーの。  そのままゆっくりと立ち上がろうとして、だが啓悟はベッドに倒れ込んだ。  女に興味がないからと言って、啓悟は男に抱かれ慣れている訳ではけっしてない。それどころか、男を抱いたことはあっても、抱かれたのは初めてだったのだ。  ―――どうせ知らないんだろうけど、絶対に教えてやんねー。  内心で悪態をつきながら、啓悟は再びベッドに顔を埋めた。  裂けている訳ではないだろうが、後ろの窄まりの違和感は半端じゃないし、揺さぶられ続けたせいで頭も痛む。ずっと力を入れ続けていて体中の筋肉も悲鳴を上げている。 『気持ちよくなかったとは言わせないぞ』  先刻の藤堂の言葉が頭の中に蘇る。  ―――気持ちよかったさ、あぁ、気持ちよかったよ。だからって、反動がすげーんだっつーの!! 「ばーか」  顔を埋めてくぐもった声で藤堂を罵った。
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