第一章 平穏

19/21
前へ
/306ページ
次へ
 その時。うおっほん、と、大きな咳払いが背後から聞こえた。同時に振り返ると、藤音の乳母である如月が立っている。 「お二人とも、昼間からお城の廊下の真ん中で痴話げんかでございますか」 「いえ、別に、そのようなものでは……」  赤面して、もごもごと反論する伊織にはかまわず、 「まったく、最近のお若い方々は……」  と渋面を作ってみせる。 「仲のよろしいのは結構ですが、場所がらをわきまえてくださらねば。だいたいですね……」 「申し訳ありませぬ。以後、気をつけまするっ」  如月の小言をさえぎるようにして、伊織は桜花の手を引き、そそくさと逃げ出す。  逃げこんだのは城内で伊織が使っている部屋。二人は息を弾ませながら、顔を見あわせ、笑い出した。 「まさか、あんなところで如月どのに会おうとはな」  如月はこの城ではいわば新参者だが、貫録充分、歯に衣着せぬ強者(つわもの)である。
/306ページ

最初のコメントを投稿しよう!

277人が本棚に入れています
本棚に追加