第一章 平穏

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 如月は年の頃は四十代半ば。輿入れに付き添ってきた藤音の乳母で、忠義心厚い、しっかり者である。 「朝餉のご用意ができております。どうぞお召替えを」  そうして始まる、いつもの日々。  小さな城でのつつましい毎日だが、藤音は今の暮らしが好きだった。  多くは望まない。  この穏やかな日々が続けば、それでいい――。  一方、遠海にある天宮家の屋敷では、藤音の想像通り、桜花の祖父である十耶(とおや)が満面の笑みを浮かべていた。 「ほう……決心しなすったか」  自らたてた抹茶を片手に、嬉し気な声を出す。  髪も髭も真っ白で仙人のごとき十耶は天宮家の当主であり、両親を亡くした桜花の唯一の肉親だ。  かつては草薙の神職を司る立場にあったが、今は隠居の身で、この海辺の村で静かに暮らしている。
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