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「嫉妬の練習をしたい」
「うん。別に構わないけど、理由を尋ねても?」
唐突に彼女の発言に動揺を隠しつつ返答を行う。突発的衝動に駆られる事が多い彼女は偶に前兆なく言い放つ。長い付き合いである彼女の事は未だに理解が難しい。それは今後も変わらないかも知れないと予感が過っていた。
彼女とは恋仲の関係ではないのに、何故練習に付き合わなければならないのだろうか。いや、別に拒否をする理由はないのだから構わないのだが。練習をしたいのであれば付き合うだけ、ただそれだけだ。
「事の始まりは妄想です。近しい将来、私に彼氏が出来る未来を掴み取ったと想定して授業中に頬を緩みながら想像をしていました」
「うん、褒められる行為ではないね。真面目に授業をしている先生と、高額の授業料を支払ってくれている君の両親に報告しておく」
「やめて。その行為は私の精神に多大なるダメージが生じてしまう」
携帯電話を取り出し彼女の自宅へと連絡しようとすると、ガシッと腕を掴まれてしまう。どうやら僕の行動を先読みしたらしい。学習能力、危機的状況判断力はあるのにどうして愚かな行為をしてしまったのか不思議で仕方がない。
若干涙目をしている彼女の表情から察するに、本当にやめてほしいらしい。
「故に、上手に、嫉妬をする事が、出来るか、不安なのです」
語尾を強める毎に握力も上昇させる彼女。僕の腕は屈強ではないのでかなり痛い。これは力に屈服するしか選択肢がないみたいだ。悔しい、力に屈服する日が訪れるなんて。やはりこの世は力が全てなのだろうか。
「君に弁明の余地がある事は理解した。だから万力の様に締め付けないで欲しい」
「失礼です。話を戻しますが、私は上手に嫉妬が出来なくて彼氏さんとの亀裂を生じて別れを告げる結果が怖い。なので貴方に練習相手になってほしいと深々とお願いしています」
「深々とお願いされた記憶がないのだけど、それは僕の記憶が欠如しているからかな?」
「そうです」
「凄いや。曇りなき眼で言いきったよ。将来悪女になって数多の男性を騙さないか不安で堪らない」
「大丈夫、それはないから安心して」
まだ彼女には人の心が残っていたらしい。安堵の溜息を吐きながら絞め付けられた腕を何度か擦る。これ、痣になってないかとても不安だ。何故か感覚がない。抓っても叩いても痛くない。それでも動かせる人間の人体って不思議。
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