嫉妬予行練習

幼馴染との練習

　恐らく彼女は自らの緊張を解す為に嫉妬練習をしたいと言ったのだろう。羞恥の気持ちを緩和させて僕に頼み事をした。

　僕は今声が震えていないか心配だ。手の震えは強く握りしめているので気付かれる事はない筈。大丈夫だ、きっと勘付かれない。

「えっと……ですね」

　嬉しそうな笑みを浮かべて言葉を淀む彼女。これから気になっている人について話すつもりだろう。見慣れている筈なのに、彼女の笑みが普段より眩しく見えた。

　大丈夫。上手く接してみせる。僕は彼女を手伝うだけ、そこに個人的な感情を一切含まない。それだけの事。

　それだけなのに心が痛むのは何故だ。答えを知っている癖に知らない振りをする。知らないのだから気にならないと思い込みたい。

「どう、ですか？　嫉妬してくれました？」

「……は？」

　暫し待たれよ。ちょっと冷静になりたい。具体的には帰って自分の部屋にある布団に入り、小一時間程温もりを感じながら集中したい。

　いや、答えは何となく理解している。これも嫉妬練習の一つであった、と言う事。彼女は演技派だった事を失念していた筈なのに、まんまとやられた。

「あー、成る程。そう言う事ね。……はははっ」

　彼女は僕を騙すと宣言していたのに騙されてしまったのだ。情けない、実に自分が情けない。安堵の溜息を深く吐きながら下を向き、小さく乾いた笑い声を漏らす。

　彼女はそんな僕の姿を見て驚きの表情で見詰めている。狂乱とまではいかないが態度が変貌したのだから当然の反応だろう。

「だ、大丈夫ですか？」

「うん、大丈夫。自分の不甲斐なさで笑いが抑えきれなかっただけだよ」

「そ、そうですか。大変……ですね？」

「ああ、大変だよ」

　嫉妬の練習をする最初に彼女は言ったじゃないか。仮に貴方を恋人と想定して話を進める、と。つまりは相思相愛だった設定で他の人を好きになったと告げただけ。

　僕は彼女の雰囲気に呑まれて設定を失念したのだ。彼女は真面目に練習をしていただけであり、僕は真面目に相談を受け取ってしまった愚か者。

「これで嫉妬の練習は完璧ですか？」

「……もう完璧だよ」

　彼女は悪くないのに恨まずにはいられない。いや、自分が悪いと認識している。だけど心が納得してくれていない。 感情を制御するのは容易ではないみたいだ。