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七瀬秋について
全人類に何かしらの動物の耳が生えたとき、僕こと
七瀬秋は保育園の頃だった。
なんの予兆もなく起こったそのパンデミックは最初
はあれよこれよと治療に足掻いたが、特に何も問題
ないとされると急におとなしく受け入れるようにな
った。
僕の耳は所轄猫耳というやつで、一家揃って猫耳と
いうのはなんだかおもしろい気がした。
DNAの異変がなんたらとか言われても猫耳が生える
以前からごく普通の人間だった僕にはよくわからな
い。強いて言えば尻尾の振り方で相手に感情がばれ
てしまうことが難点だった。
夏に差し掛かった空はよく映える。
雲ひとつない青空の下、僕はちょっとした浮かれ気
分で尻尾をぱたぱたさせていた。
なんてったって今日は席替えの日!あの花柳さんの
隣になれるなら魂を売り渡してもいい。花柳さんは
白猫の耳と尻尾を持っていて、誰にでも優しく、そ
して美しい。いい匂いもするからたまらない。
教室に着くと幼馴染の斎藤圭太が声をかけてきた。
「なあ、今日わかってんだろうな」
「当たり前だよ、うらみっこなしだからね」
圭太は三毛色の耳をぴこぴこさせた。気合い十分っ
て感じだ。ああ憧れの花柳さん、どうか僕の隣に舞
い降りてください……!
「はい、席につけよ~」
先生が教室に入ってくる。その後ろに誰かをつき従
えている。
あれ、耳が、
「転校生の松岡千冬だ、どういうわけか俺たちと違
って耳と尻尾がないが仲良くしてやれよ~。場所は
…….そうだな。七瀬の隣でいいだろ、というわけで
今日の席替えは中止な、じゃ授業始めるぞ~」
真っ黒な髪の上には耳も、後ろからは尻尾も生えて
ない。ちゃんとした、ニンゲンだ!
「教科書」
「えっ」
「教科書見せてって言ってんの、でかい耳ついてる
癖に聞き取れないのかよ」
目つきも態度も悪い、こいつのせいで席替えがおじ
ゃんになった、許せない。ばんっと怒りを込めて取り出すと机の上に置いた。耳なしの癖に、なんて生
意気な奴なんだ!
「何怒ってんの」
「怒って!ない!」
「すげー、尻尾がぶわってなってる」
このときほど自分に耳と尻尾がついていることを恨
んだことはない。むかつく、きらい、いじわる、い
じわるいじわるいじわる!
「あ、泣いてる」
「泣いてない!」
授業に集中できない。翻弄される。相手のペースに
為すがままだ。
ぜったい、こいつの思う通りになんかならない!
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